<リプレイ>
●架橋 凍えるような風が山間を駆け巡た。 冬の空気は尋常でない寒さをもたらすのに、架けられた橋がより一層冷たく感じる。時代に取り残された橋が。踏めば鈍い音を立てて揺れるほどだ。本来なら落下の危険性を覚え、避ける者も多いだろう。 だからこそ、何故残っているのかと柏木・カナデ(サイレンサー・b08389)は苦そうに眉根を寄せる。 「地元の人、橋を落とすとか閉鎖するとか考えないのかな?」 万が一の事態に備えた橋だとしても、これだけ放置された感のある橋では、いざという時に役立つかも不明だ。 そもそも、身を投げたくて訪れる者にとっての『いざという時』に役立っている時点で、あまり褒められたものでもない。 「眺めも良くていい場所なのにね」 景色を眺めるだけであれば、もったいないと考えるだけで済むだろう。このような場所に強力な残留思念が生まれるなど、一般人は知らないのだから。 能力者達の殆どは、長く伸びる橋には乗っていなかった。水野・琥吉(茜雲・b19001)は橋の上で構え、歩き出したスケルトンのセを見守る。 「ゆっくり長居してえ場所でもねーし寒ィし、とっとと終わらせてとっとと帰ろうぜ!」 香流・凪砂(緋の獣・b05864)が、嫌な寒気を感じて身震いする。いっそ武者震いなら良かっただろうか。 「スケさん宜しくね」 国見・繭(無垢なる土蜘蛛・b32693)が連れてきたスケルトンのスケさんが、主の指示に従い橋の中央へ向かう。端から見れば奇妙な光景だろう。骨であるスケルトンが、たった一人で突き進んでいるのだから。 骨ばった指で持った詠唱銀を、スケさんは禍々しい残留思念へ撒いた。 僅かな間さえ、呼吸を整えるだけで精一杯に思える。それほど短い時間で、橋の上へは不気味な呻き声が轟いた。呻きは闇へと染まり行く空の色を移し、確かな形となって現れる。 転落者――投身自殺した者の想いを具現化したかのように、全身が詳しく表現したくない程ぼろぼろになった男女と、五体の妖獣。 妖獣のうち二体は、獲物を突き刺す棘を角へ宿した鹿だ。冠と捉えたとしても、近づきたくない鋭さがある。 そしてもう三体の妖獣は、石つぶてで翼を模るカラスだった。その重たい翼ゆえか空は舞えないものの、敵としては侮れぬ空気を纏っている。 「スケさん、こちらへ!」 繭の咄嗟の叫びに、スケさんが踵を返し一目散に駆け出した。 そして鋼杜・八眼(緋蜘蛛ノ鋏角衆・b44304)が、共に並び戦う蜘蛛童・爆の珠鬼へ、笑みを浮かべて呼びかける。 「暴れてやるか、なぁ珠鬼」 闇に映える赤を背負った珠鬼は、足を掻き鳴らして応えた。 殆どの仲間が土を踏んでいる中、琥吉は黒光りが艶を帯びた斬馬刀を掲げ、眠る力を沸き起こらせる。ほぼ同時に、カナデも魔法陣を生成していた。 「地縛霊を祓うことで、ここも少しはましになるといいな」 命を落とす人が減るように。それを望む存在が減るように。 カナデは優しさの色に染まった瞳を眇め、日常に埋もれる悲しみが和らぐことを祈る。 まるで三日月か何かを思わせるアームブレードを突き出し、川崎・昴音(霆火飆風・b00922)もまた魔法陣を眼前へ生む。夜の月に似た髪が揺れ、色濃い月に似た瞳が敵を見据える。 ――行き来を繋いだ場所が今や分かつ場所、か。 映した視線は、彼岸と此岸の境目となる橋から外さずに。 「……寂しい皮肉だね」 呟き閉じたまぶたが次に開く頃、昴音は既に戦闘へと気持ちを切り替えていた。 ゴーストとの距離がかなりあるため、能力者達は彼らの動きを一先ず見守る。彼らが取った方針は迎撃だ。ゴーストの出現位置パターンはわかっていた。だからこそ、少しでも有利に運べるよう選んだ策で。 「来てくれりゃーいいんだけどな……お?」 ギターを構えながら半ば期待、半ば外れる可能性を抱いていた凪砂が、歩き始めたゴーストに気付き口角を上げる。すっかりこちらへ向かってくるスケさんの姿も、徐々に近くなっていて。 妖獣が間合いを詰めるのは早かった。理性も知性もなく、ただ獲物を喰らうべく彷徨うためだろうか。いずれにせよ、そういう意味では戦いやすい相手に違いない。 そのとき繭は戻ってくるスケルトンへ、 「スケさん、急いで」 と声援を送る。忙しなく揺れる橋の上を、スケさんは顔には出せないが懸命に走っていた。 そこでようやく、地縛霊もゆっくりと能力者達へ近づき始める。己の悲鳴が届かないと察したのだろうか。 地縛霊が徐々に寄ってきた様子を見逃さず、リューン・クリコット(天然無害のわんこ・b22495)が後ずさる。悲鳴が届かず位置へ。そして皆を回復できる位置へ。 「今度の地縛霊は怖いらしいのですにゅぅ」 光り輝くコアを旋回させ、リューンは自らを奮い立たせるべく声を出す。頑張るにゅぅ、と決意を込めて。 局地戦みたいなのは初めてだと、神城・霧子(翼を求めし白き風・b10465)が結晶輪を握り直す。手の中では白が煌き、出番を健気に待つ。 「つり橋だなんて、いかにもって感じですね」 萎縮せぬよう背筋を伸ばし、霧子は守りを固めるべく雪だるまをまとう。 ふと前方へ意識を戻せば、ゴーストたちの姿が一回り大きくなったように見える。じわじわと迫ってきていたのだ。 「来やがったぜ。よし……」 八眼は拳を手の平へ叩きつけ、そのまま不快な赤に点滅する弾を撃ち出す。狙うはカラスだ。分厚く固そうな礫の翼を物ともせず、点滅がもたらす怒りにカラスは我を忘れた。 主の健闘を讃えるように蜘蛛童・爆の珠鬼がギチギチと鳴き、怒りに囚われたカラスへ真っ白な糸を吐き出す。 スケさんを見守るため橋にいた瀬神・昂夜(黒狼の牙・b04251)も、すっかり仲間の許まで後退できていた。白銀の剣を頭上へ捧げ、旋剣の加護を得る。 強化に励むのは、御神・京香(刻視の巫女・b00641)も同じだ。武器を構えたまま、術式の力を高めるべく魔法陣を浮かべて。 「自殺の名所での地縛霊……ですか」 静かに敵を見据える京香の瞳に、確かな意志が宿る。 気合を入れていきましょう、と自らへ固く言い聞かせれば、聞こえた仲間達も彼女の言葉に深く頷いた。
●はびこる闇を討て! 「うっし、いっちょやりますか!」 高揚感をそのまま宣言へ変え、琥吉が意気込み一歩踏み出す。刃へ宿した紅蓮の炎で、迫り来る鹿を迎撃した。武器を振りぬく間に、カナデが術式を手早く編みこんで。 魔弾は炎を伴い空を舞う。駆ける赤は闇を切り裂き、妖獣をその熱で侵した。 連なる機会を逃さぬよう、八眼もタイミングを合わせ狙いを定める。 「回復の間は与えねぇ、一気に倒すぜ」 不敵に笑み、蜘蛛童の糸に絡まれていたカラスへ目摘み笠を放った。笠の回転が更なる威力をもたらし、カラスの翼を木っ端微塵に切り裂いていく。 不意に、男性型の地縛霊が口を開いた。 ――アアアァアァァ……! 野太い悲鳴は地や橋を震わせ、中衛までに立つ能力者達へ猛毒と痛みを与える。 鈍く走る疼痛に耐える仲間達を見遣り、繭はカラスからの攻撃を避けるべく、赤くちらつく弾を射出する。 ――あの世とこの世を繋ぐ懸け橋……早く浄化しないとですね。 決意は確かに弾へと乗り、オトリ弾はカラスへ憤りを深く注入させた。 刹那、他のカラスが翼をはためかせ、琥吉を襲う。我に返ったカラスが翼で身体を撫でるのを目撃し、凪砂は咄嗟に魂の歌声を響かせる。力強い歌が、妖獣達の体力を徐々に削っていた。 その頃、最後衛に立つリューンは、女性型の地縛霊が更に近づいてきたと気付き、距離をおく。しかし地縛霊の移動の度に自分も動いてきたため、舞いも祖霊の招きもまだまともに使えていない。 癒しの手段が一つ足りない状態で、霧子は固まった敵を一掃するべく魂からの叫びを歌へ変えて放った。いかに固い石の翼でも、歌を防ぐことはできず苦悶の呻きが漏れる。 昂夜はそこで、顔色ひとう変えずに足元から影を招いた。鹿の妖獣へ飛ばしたのは、腕を模した闇。 「……毒が好きならばくれてやろう」 しかし、鹿の角が腕を突き刺すように押さえ、威力を削いでしまう。 そのまま前衛陣へ繰り出される角は、中衛の仲間達をも不安にさせた。 直後、痛みを撫でるように風が拭っていく。清らかな風は浄化と癒しをもたらし、吹かせた当人の京香はまぶたを伏せ、仲間の援護に神経を注いだ。 ――まだ、大丈夫だ。 昴音は体力に余裕があると考え、弱っていたカラスへと魔弾を撃ち出した。駆ける炎は全てを炙り、猛攻に耐え得る体力を持たなかったカラスを、静かなる天へ昇華する。 刹那、ゆらりと橋の上の女性が無造作にぶらさがったままの腕を揺らし、仰け反った。甲高く紡がれた悲鳴が耳をつんざき、神経そのものを破壊擦るかのように不快感を覚える。 防具での守りを固められずにいた仲間は、全身に走る痺れを知り、身動きも侭ならなくなった。
●接戦 熾烈を極める戦いは、鼻腔を痛めるほどの冷たい外気も、喉の渇きも彼方へと追いやってしまう。 数が多いこともあり、戦いは少々長引いていた。 しかし、傷つく者も多いが倒れていく敵と異なり、未だ誰一人として倒れていない――特に前衛は厳しいであろう状況なのにも関わらず。 「おもっきり暴れてやらぁ!」 大きな体躯を活かし盾となる琥吉が、封じられた術を振り解き紅蓮の炎で鹿を焼き殺す。しかし直後にカラスの礫を胸元へ受け、足元がふらつく。 「代わります、下がって!」 「おお、頼んだ!」 カナデの合図を聞き届け、琥吉が答える。攻撃したばかりですぐには下がれないものの、今し方倒した鹿のいた場所へカナデが入ることで、事なきを得た。 前へ立ちはだかったカナデは無茶をせず、けれど物腰穏やかそうな身体をフル活動させて蹴りを落とす。三日月の軌跡を描き、残光がその鋭利さを物語る。 着地と同時に、カナデは同じ前衛に立つ昂夜の状態を一瞥した。無茶はしないでね、と控えめにつたえれば、昂夜は軽く手の平を振って。 「まだ立てる。案ずるな」 表情の欠片も見せなかったが、確かに彼はそう告げた。 そしてそのまま体力を奪うべく、黒き影の異名を持つ一太刀で妖獣を叩ききる。肌の下を走る癒しに、昂夜も僅かながら息を整える余裕ができた。 そう、前衛陣が辛うじてだとしても立ち続けていられたのは、中衛の仲間との連携に拠ってだったのだ。 これまでにも、琥吉や昂夜の体力が危うくなった際に、中衛のカナデや、八眼が連れている蜘蛛童・爆の珠鬼が前へ飛び出し、時間を稼いできていて。 動き難い場所ではあるが、連携や各々の意思さえ確りしていれば、それもすんなり叶う。 「いくよ。今、風を呼ぶからね」 落ち着き払った昴音の宣言は、無意識に仲間達へ安堵感をも与えていた。 そして宣言どおりに吹き抜ける浄化の風もまた、僅かながら体力を取り戻し、何より悲鳴による猛毒や痺れを取り除く。 「こっち麻痺ってて悪ィ! 挽回する!」 昴音が巻き起こした風により痺れを除去した凪砂が、仲間達の様子を懸念し祈りを込めて舞った。 下手に回復が重複せぬよう、特に回復手は声を掛け合い過ごしてきた。だがここまで敵の猛攻も激しいと、多くの仲間に攻めへ転じてもらうべく、重複せざるを得ない。 カラスの礫が珠鬼を攻め立てた。仕返しと言わんばかりに、直後珠鬼の毒牙がカラスを追い詰める。奇声をあげてすぐ、最後のカラスは溶けるように消滅していった。 「こいつぁ心してかからねぇとな……」 ぺろりと唇を舐め、八眼は金色の瞳に鹿を捉える。目摘み笠で角ごと切り裂き飛ばせば、笠が舞い戻ってくる頃にはもう、鹿の姿は無く。 直後、繭の撃ち出した不快な赤が女の地縛霊を叩いていた。発狂したかのように喚き、女は繭めがけ突き進んでくる。 応戦しようとした能力者達へ、男の方が叫びをとどろかせた。野太く、はっきりと痛みが蘇る。全身を駆け巡る猛毒もまた、彼らを苦しめて。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん今治しますにゅぅ」 一番後ろから仲間や戦局を見渡していたリューンが、幼い身体を跳ねさせて舞い、許しを乞うかのような祈りを捧げる。舞いが降り注がせる加護は、仲間達から汚染された毒を拭い去っていく。 矢継ぎ早、霧子が両手の結晶輪を宙へと解放させる。 「思いっきりやらせてもらいますよ! 覚悟してくださいね」 彼女の指先を離れた白は、それぞれ翼と雪の花を象り、神秘の力で女を裂いた。傷口へは、魔氷の呪縛も落として。 そして、悲鳴による痛みを払うべく、京香もまた幾度目になるかわからぬ風で戦場を浄化させる。 「死者は生者を死に招くといいますが、悪しき連鎖は此処で絶ちます」 刹那、女性型の悲鳴が甲高く空気を振動させた。神秘に秀でた衝撃波が、直線を走っていく。 夜を吸い上げたかのような黒い斬馬刀を地へ突き立て、琥吉は足元から影を伸ばす。一瞬で腕を模し飛んだ影は女を掻っ切る。 「っし、なるようにして見せらぁ! 珠鬼!」 八眼の呼びかけに、珠鬼が風数の脚を蠢かせて応えた。粘りつく糸を珠鬼に吐かせ、八眼自身は不快感を与える弾を撃つ。 それぞれが男女の地縛霊へぶつかる頃、昴音は魔弾を魔法陣へ貫通させ、威力を増した滾る炎で女を燃やす。 ――キャアアァア、ァア……!! 悲鳴に身構えた能力者達だが、衝撃波は襲来しない。炎に包まれた女は、二度とその姿を現さなかったのだ。 「ここのいやーな空気を少しでも晴らすためにはさ」 そう一言告げ大きく息を吸い込んだ凪砂は、唇を震わせ力強い歌を紡ぎだす。橋の空気を、雰囲気を変えるのにゴーストは要らない。凪砂の願いは歌声に乗り、残っていた男を苦しめた。 休む隙も与えぬうちに、霧子とカナデが同時に男を見据える。霧子の手からは氷雪が舞い、戦場を凍えるような竜巻で覆う。そしてカナデは、ナイフを敵へ突きつけたまま魔弾を編み上げた。 氷雪と炎。相反する存在が重なり男の身体を叩きつける。 既にくたびれていた男は、それ以上立ち上がることもなく、消えていった。 壮絶な死線を潜り抜けた能力者達は、何事も無かったかのように揺れる橋を見つめたまま座り込み、或いは何かを支えに崩れるのを防ぐ。 澄んだ山の空気が彼らの頬を撫で、優しく全てが終わったことを教えてくれる。
勝利は、何事にも変え難い味だった。
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参加者:10人
作成日:2009/01/31
得票数:カッコいい24
知的2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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