<リプレイ>
●強すぎる思い 夜の帳が下りた公園内は、シンと静まり返っている。 光量の貧弱な青白い街灯が広場を薄暗く照らし、時折周囲の木々の葉音がざわざわと鳴っていた。 人で賑わう昼間とは異なり、夜の公園には誰もいない……はずだが。 広場の人物像の前には、落ち着かない様子の少女の姿があった。忙しなく視線を動かし、頻繁に携帯電話を弄っている。 おそらく彼女が、ノゾミであろう。 能力者が到着してすぐ、彼女は公園に姿を現した。予報視によると、彼女は地縛霊の誘いに乗り、殺意の対象であるアツシをここへ呼び出しているのだという。 双子の妹・ミチルを奪ったアツシなんて、いなくなればいい。そう願ったノゾミの思いを叶えてやると誘惑する存在。だがそれは、夢でも幻でもない。 アツシが到着し出現したゴーストを見逃せば、本当に彼は殺されてしまう。 そして……願った、ノゾミも。 (「誰もが持つ心の闇に付け込む悪しき地縛霊、許せないな」) 天宮・龍巳(調律者・b05868)はノゾミの様子を木の陰から窺い見ながらアツシの到着、そして地縛霊の出現を待っていた。 闇を纏いその身を夜の漆黒と同化させ、木々に隠れながらもノゾミに近づきつつ、皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)も龍巳と同じことを考えていた。 (「絆は目には見えないもの、そして人の心は弱いもの。彼女に罪は無いわ。責めるべきは、その弱みに付け込んだ地縛霊」) (「今までずっと一緒に生きてきた双子なら寂しい思いをしたでしょうね……でも、そこにつけ込む地縛霊は放っておけない」) 島守・由衣(透空・b10659)は挙動不審にアツシを待つノゾミに同情しつつ、彼女たちが良い関係に戻れるよう最善を尽くそうと気を引き締めた。 先の3人とはまた少し違った感情で待機するのは、シュベルト・オセ(陸鮫・b47155)とエルシリア・ヴィスキオ(蔦のいたずら・b57946)、そして風祭・彩香(刻誓の縁・b37371)。 (「妹への独占欲か。仲が良いのは感心するが、度が過ぎるな」) 地縛霊諸共、歪んだ感情は消し去っておくか、と。シュベルトは化粧を施した顔に真剣な表情を宿す。 エルシリアもノゾミに同情しながらも、強すぎる思いの方向性に小さく首を傾けた。 (「大切なものが自分から離れていくのは寂しいよね……。でも……本当に大切なら、幸せを願うべきだと思うよ。うん」) (「あっさりゴーストの誘いに乗るやつなんて知ったこっちゃ無い……んだけどさ」) 彩香は地縛霊に屈するノゾミの心に憤りを感じていたが。 それは、誰よりも彩香自身が彼女と近い立場であったからである。 (「双子の片方にだけ彼氏ができて……他人事じゃないのよね、実際」) 双子の妹である彩香。だが、もし自分が同じ状況に陥ったとしても、ゴーストになんか頼らないけどね、と。あくまで敵の撃破を目標に据え、特殊な風を身に纏い静かに待機していた。 そしてまた別の気持ちなのは、冬月・火憐(乱れ咲く月の花・b53299)。 (「ミチルのことを素直に祝福できないノゾミも悪いけど、ノゾミの気持ちを考えないで惚気話をするミチルにも非はありますよね」) 恋人ができて嬉しかったのだろうが、ミチルの言動も原因のひとつであることは確かである。 各々が様々な気持ちでノゾミを見つめ、来る刻を待っているが。根底に宿る気持ちは、全員同じだ。 敵を殲滅させ、この悲劇を終わらせる、と。 そしてもちろん、欧州の森から出てきたばかりのアリアン・シンクレア(高校生ヤドリギ使い・b58068)の思いも同じではあったが。 (「こんな色恋沙汰の揉め事なんてとんと無かったから、ちょっと不謹慎だけどちょっぴり楽しいかも……」) 男女の縺れ、姉妹の揉め事に、興味津々の眼差しをこっそりと向けていた。
●心に巣くう闇 「待たせてごめん、ノゾミちゃん」 公園にそんな声が響き渡ったのは、ノゾミや能力者が公園に到着して数分足らずの僅かな時間差であった。 能力者の表情が一斉に引き締まる。ノゾミも顔を上げ、大きく瞳を見開いた。 現れたのは、ひとりの男性――おそらく、彼がアツシだろう。 彼の様子から、ノゾミが自分に抱いている憎悪の感情には気がついていないようだ。 強風が吹き、煽られた木々の葉がザワザワと大きな葉音を鳴らす。 そして、それと同時に。 「!」 弥生は、ふたりを強引にでも保護すべく飛び出そうとしたアリアンに気がつき、すかさず引き止める。闇纏いで少し彼女より前方に位置していたため行なえた行動である。 一般人の保護が最優先事項ではあるが。まだ、地縛霊が出現していない。 他の者がいると分かれば、地縛霊は現れないだろう。この場での一般人の救出は叶っても、またノゾミは別の機会でアツシを殺そうとする恐れもある。地縛霊撃破も、彼女らを救うための必要不可欠な要素であるのだ。 幸い、強い風によって生じた葉音で、ふたりには気づかれなかったようだ。 「ミチルのことで話って、何?」 「…………」 今まで少し戸惑い気味であったノゾミだが。 アツシの口から妹の名前が出た瞬間、表情が変わった。 そして鋭い視線を投げ、ゆっくりとこう言い放ったのだった。 「あんたなんか……いなくなればいいのよっ!」 『……殺して、やろう……』 「え? わっ!?」 いつの間にか現れた、大鎌を振り翳し、自分に近づく存在。同じくリビングデッドも姿をみせる。 それに気がついたアツシは声を上げた。 そしてすかさず待機していた場所から飛び出したのは、火憐。アツシとの前に素早く割って入り、地縛霊にクレセントファング奥義を見舞った。 その隙に彩香が導眠符を放ち、まずはアツシを眠らせることに成功する。 「出たか……行くぞコペルニクス」 シュベルトは真フランケンシュタインBのコペルニクスとともに一般人の保護へと向かった。 「! きゃあっ」 ノゾミは、アツシを保護し自分に向かってくるコペルニクスに声を上げ、逃げようとしたが。 フォローに入ったシュベルトがノゾミを抱え、ふたりを保護する役割の彩香へその身柄を預けに走る。 すかさずアツシを追おうと動く地縛霊。 だが、そうはさせまいと龍巳が生み出したのは、魔蝕の霧。武器封じこそ回避されたものの、地縛霊は標的をアツシから能力者へと変え、龍巳目掛けて大鎌を振り下ろした。 「貴様の相手は私だ、嫌とは言わせない」 さらに弥生の斬撃が地縛霊を捉え、エルシリアも地縛霊へ魔法の茨を投げ放ち、真ケットシーのバロンがオトリ弾を繰り出した。着弾した茨で地縛霊を捕らえることは叶わなかったが、これで完全に敵は能力者へと攻撃の対象を変えたようだ。 「森の乙女ドライアードよ、彼の者を茨で縛りなさい!」 アリアンのその声とともに再び魔法の茨が解き放たれる。その茨は範囲内にいたリビングデッドの動きをしっかりと封じることに成功した。 由衣はもがくリビングデッドに、術式を編みこんだ炎の弾丸を撃ちこんだ。身を焦がすような衝撃に唸り声を上げるリビングデッド。シュベルトにゴーストガントレットを施されたコペルニクスもリビングデッドへパワーナックルを見舞い、続けて火憐の三日月の軌道を取る強烈な蹴りが叩きこまれる。 後方まで無事下がったノゾミは、目の前で起こっている出来事にただ呆然と立ち尽くし、足を震わせて動けないでいる。 殺してくれと願ったものの、本当に現実に起こるとは思ってもいなかったのだろう。 だがそんなノゾミも、彩香の導眠符により眠りへと誘われる。彩香は地に崩れるノゾミを支え、前に出たい気持ちを抑えながら後方から戦況をじっと見守った。 「お前の罪の重さはこの剣で教えてやる」 龍巳の瞬断撃改が、目にも止まらぬ速さで地縛霊を斬りつけた。地縛霊は傷を負って声を上げながらも大鎌をふるったが、由衣は大振りの攻撃を読んで回避する。 弥生はその間、自己強化に余念がなく、黒燐蟲を両刃の長剣『Violet quartz』へと這わせた。 エルシリアとアリアンの魔法の茨がそれぞれ順に放たれ、地縛霊を束縛せんと動く。バロンも引き続きオトリ弾で敵を引き付けようと試みた。地縛霊の動きはまたも封じられなかったが、その意識はオトリ弾の効果でバロンへと向く。 その隙に由衣は、まだ身体の自由を取り戻せないリビングデッドへと炎の魔弾を放ったのだ。 腐った身体を、炎で焦がしながら。呆気なくリビングデッドはその場に倒れ、動かなくなった。 残る敵は、地縛霊のみ。 地縛霊は能力者を排除すべく大鎌を振るい、毒の弾丸を飛ばしてきたが。 「生命の精霊よ、命ある者に祝福を!」 ダメージはアリアンの魔法のヤドリギによる愛の祝福で癒され、毒に侵された者は無理せず下がって彩香の浄化の風で回復される。 そして徹底して敵の動きを封じることに専念したエルシリアの茨の領域がその身を捕らえると、あとは能力者の容赦ない集中砲火が敵を撃った。 コペルニクスの強化を終えたシュベルトの漆黒の弾丸が毒を与え、火憐のクレセントファングが確実にヒットする。覚醒し始めたアツシも、彩香の導眠符で再び深い眠りについた。 そして、受けた衝撃の大きさに上体を揺らし、足元が覚束なくなっている地縛霊に。 龍巳の瞬断撃改と弥生の黒影剣奥義が同時に放たれ、容赦なく地縛霊の身を叩き斬ったのだった。 バサリと黒衣が煽られ、地に崩れ落ちる地縛霊。 その身体は夜の闇に溶け込むように、跡形もなく消滅した。
●相手を思う心 ゴースト殲滅を成した能力者はノゾミとアツシを引き離し、まずはアツシを起こす。 そして彼を言いくるめ、先に家へと帰した。 今回の依頼は、ゴースト退治で終わりではない。ノゾミの心の闇を取り除かなければ、また良からぬ考えを起こすかもしれない。そのためにはしっかり彼女を説得しておかないとと、火憐はノゾミに視線を向けた。 同じ気持ちのエルシリアも、きちんと話がしたいと。そっと彼女を起こした。 「……ん、あれ……?」 まだ少し夢心地なノゾミはゆっくり体を起こしながら、目をこすった。 だがすぐにハッと顔を上げ、能力者たちに警戒の目を向けた。 「アツシは!? それに、あなたたちは!?」 「妹の大切な人を奪い取る。それが何を意味するか分かっているのか?」 シュベルトがまず、はっきりとそう彼女に言葉を投げた。 ノゾミに浮かんだ表情は、自分のしようとしたことを何故知っているのかという驚きの色。 言葉を失ったノゾミに、さらにシュベルトは続ける。 「自分がそれをされたらどうなるか……自分から妹を、相手の勝手な言い分で殺され奪われても文句は言えない、という事だ」 「…………」 「寂しい思いをして辛かったでしょうね……でも、だからといって恋人を奪ってしまっては妹さんが悲しむわ。そんな姿を見るのは望んでないでしょう?」 黙って下を向くノゾミに、逆に由衣はそう優しく声を掛けた。エルシリアも同じく、丁寧に説得を試みる。 「キミの大切なものが君から離れていくこと。その辛さはキミにしかわからないと思うけど……。でも、それと同じくらい、他の人にとってもそれは辛いことなんだ」 「彼の死の向こうに、君の望む妹さんはいないんだ。君が妹さんの立場なら、応援して欲しいと願うはずだ」 「自分が逆の立場だった時のことを考えてみてください! ミチルさんが全然祝福してくれず、さらにノゾミさんの恋人を殺そうと思うくらい憎んでたりしたらどう思いますか?」 続く龍巳と火憐のその言葉に、ノゾミは反論する。 「私が逆の立場だったら、ミチルのことを一番に考えるわよ! 特に誕生日は、どちらが欠けても意味がない日なのに……」 翼は両翼揃ってはじめて空を自由に飛べる。だが片方でも欠けたら、それは意味を成さない。 そうでしょう? と、憎々し気に吐き出すノゾミ。 そんな険しい表情を宿す彼女に、由衣はめげずに柔らかく話し掛ける。 「妹さんは恋人が出来て嬉しくて今はそれしか考えられないだけだと思う。きちんと気持ちを伝えてみたらどうかな。大好きなのなら尚更よく話し合い理解を深めるべきだと思うの」 「妹さんは君の気持ちに気づいていないだけ、君の苦しみを望んではいないはずだ。話し合えばきっと分かり合えるよ」 龍巳も由衣に頷き、そう続けた。 ノゾミは、それは分かっているけど、とポツリと呟いたが。まだその表情は納得がいっていないようだ。 そんなノゾミに、彩香は言いたいことをはっきりと口に出す。 「自分のしようとしたことを考えてみなさい。そして、その自分が……迷い無く妹の前に立てるかどうか」 「そんなこと言ったって……私の気持ちなんか、分からないくせに!」 再び感情的になるノゾミから彩香は視線を外さない。そして、こう言ったのだった。 「わたしは、いつも前を見て戦っている。同じ日に生まれた姉が、それを見て立ち、共に誇れるように」 「同じ日に、生まれた姉……」 彩香が自分と同じ双子だと知り、ノゾミの表情に変化が生まれた。 そんなノゾミの心に、能力者たちの説得が投げかけられる。 「大切な存在だからこそ、ちゃんと言葉にしないと伝わらない事もあるわ。寂しいなら寂しいと伝えなさい、貴女の意思で、貴女の言葉で。ね?」 「自分から離れていって、自分がどう思っているか。妹に合わせず、本音をぶちまけてみろ」 今まで反発ばかりしていたノゾミが、弥生とシュベルトに視線を合わせた。そしてアリアンが、妖精のような美しい瞳を優しく細める。 「たとえ何があろうと、あなたと妹さんは大切な家族で、姉妹という特別な関係は変わらないハズよ」 「姉妹という……特別な、関係……」 ノゾミはそう呟き、再び下を向く。 だが、今まで彼女の心に巣くっていた闇は、もうそこにはなくて。 後悔の涙がその頬を伝い、ポロポロと地に流れ落ちていたのだった。
気持ちに整理がつくまで泣いてから、ノゾミは去っていった。 妹の幸せを心から受け入れて、互いの誕生日を改めて祝福するために。 「む、化粧をするのを忘れていたな」 事を終え、はたと化粧直しを始めるシュベルト。そのケバケバしさにドン引く仲間たちだが。 無事に依頼を成せてよかったと。改めて表情を緩め、夜の公園を後にした。 そして、仲間たちと別れて。 「ぁー、ねーやん? いや用って程でも無いんだけどさー……」 彩香は双子の姉に、電話を掛けたのだった。
片翼では確かに空を飛べない。 だが、自分たちはそれぞれが翼を持っているのだと。 ノゾミも、きっとそれに気がついたに違いない。 ノゾミの気持ちを知った時、ミチルも彼女の気持ちを分かってくれるだろう。 ふたりは双子という、強い絆で結ばれているのだから。
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参加者:8人
作成日:2009/02/03
得票数:ハートフル15
えっち1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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