Bloody kiss Bloody drive

<Bloody kiss Bloody drive>

マスター:砂原月子


 抱きしめた女性のか細い首筋から、どろりと流れ出る熱きもの。
 例えるならば、それは情熱の赤。
「愛してるよ。もう、君を放さない」
 男が心から愛しそうにそっと口付ける。
 薄い唇の周りを鮮血で染めながら、彼は恍惚とした表情で女を抱く指に力を込めた。

「ああ、この世のどんな赤も、君にはかなわない。美しい……愛しい人。さあ、もっと僕の傍においで……」
 しかし、既に肉塊と化した女が応えることはない。
 闇夜の公園に、男が獲物を貪る生々しい音だけが響いていた。

「皆、集まった? それじゃ、任務を伝えるね」
 体育倉庫の裏手に集った生徒達を見回して、長谷川・千春(中学生運命予報士)が軽く頷いた。
「真っ赤な外車でナンパする男のリビングデッド。それが今回の敵だよ」
 手中のメモ帳に視線を落とし、能力者達へと告げる千春。いささか眉をひそめて、
「女性を口説いた上で血肉を啜って殺し、奪った金銭で贅沢三昧な生活を送っているみたい。ホント、典型的な女の敵だよ」
 曰く、繁華街で獲物を引っ掛けてから車で公園まで移動し、愛を語り合った後に襲い掛かるとのこと。もう4名が餌食となっている。放っておけば被害は拡大するばかりであろう。
「でね、敵の特徴なんだけど、茶色の短髪と切れ長の瞳を持つ20代前半の風貌。185cm程度のスラリとした長身をブランド物のスーツで包み……要は遊び慣れた感じの美青年だよ。繁華街でナンパし始めるのは20時頃で、その後公園に現れる時間が23時頃だね」
 派手な外見とは裏腹に攻撃方法は、噛み付いたり引っ掻いたりと単調なもの。油断しなければ、恐るるには及ぶまい。
 また、高台から夜景が見渡せるロマンティックな公園は、ゆっくり歩いて15分くらいで一廻り出来る広さである。
 勿論、絵に描いたようなデートスポットには、夕暮れ時になると沢山のバカップルがどこからともなく沸いて来る。彼等は、リビングデッドでなくとも隙あらば物陰に隠れようとするため、間違えないように注意が必要だ。
「それともう一つ気を付けて欲しいのは、とにかく相手は赤が好きってことなんだ」
 ターゲットとなった女性達は皆、紅の衣服を纏っていたのだという。また、血に敏感で戦闘時は怪我をしている者を特に狙う習性があるらしい。もっとも、そこら辺を旨く工夫して作戦に利用してみる価値はありそうだ。
「君達ならきっと大丈夫。成功を祈っているよ!」


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
セリス・リューサン(中学生青龍拳士・b02143)
月村・理代(中学生魔剣士・b03267)
七宮・志郎(中学生魔剣士・b05740)
松内・トウマ(高校生青龍拳士・b02139)
草間・静音(高校生魔剣士・b02758)
冬摩・戒(高校生霊媒士・b03383)
飛鳥・夕夜(高校生魔剣士・b03206)
カムイ・イフリート(高校生魔剣士・b00921)




<リプレイ>


●只今公園封鎖中
 夜の帳が下りた高台の公園には、ムード漂うお洒落な街頭がぽつぽつと灯っている。
 朧の光に照らされながら、一般人を巻き込まぬようせっせと入り口封鎖に勤しむは、松内・トウマ(高校生青龍拳士・b02139)。王者の風を纏いながら、入れるもんなら入ってみろ、ゴルァッ! な威圧的視線をバッシンバッシン飛ばしている。
 人気デートスポットという肩書きは伊達ではないらしく、次々と訪れてはトウマの眼力で退散していく。ほら、ここにも1組の哀れなバカップルが。
「……こ、こんな所に仁王像が!?」
「他へ行きましょ……」
 トウマが奮闘している頃、敷地内では冬摩・戒(高校生霊媒士・b03383)が予め打ち合わせをしておいたリビングデッドとの予定戦闘地域周辺の物陰を塞いでいた。恋人達が巻き添えになってしまわぬ様にという配慮の元である。
「ふう、こんなものでしょうか」
 一通りの仕事を終えて額の汗を拭っていると、
「きゃーっ!!」
「!?」
 突然、背後から女の甲高い悲鳴が上がった。ナンパリビングデッドが現れるまで、まだ十分に時間があるはずだが……。
 素早く振り返れば、彼の作業を手伝っていたカムイ・イフリート(高校生魔剣士・b00921)が、頭のてっぺんが小気味良く禿げたオヤジと、20代前半と思しきお色気全開のオネエサマカップルへ、必死に頭を下げている所であった。
「何だね君は!」
 どうやら塞ごうとしていた物陰に、既に先客がいたらしい。ランデヴーを邪魔されたオヤジは熟れ過ぎたトマト並みにカンカンだ。
「す、すみません……」
 ほろ苦い大人の世界をほんのちょっぴり垣間見たカムイであった。

 さて、そこからやや距離を置いた場所では、
「でね、そこのお店の食べ放題で15皿も食べちゃったんだよー。次は20皿に挑戦するつもり。そういえば、近くに深夜営業のラーメン店があるんだけど……」
 他人がいる場所の近くにカップルは来ないだろうからと、偽カップルとしてベンチに腰掛けた月村・理代(中学生魔剣士・b03267)が傍らの七宮・志郎(中学生魔剣士・b05740)へ激ウマ店の情報をレクチャーしていた。
 偽装とはいえ、この年ではまだまだ色気より食い気といった所なのか。その気迫に志郎、ちょっぴり押され気味だ。頑張れ男の子!

●緋色の繁華街
 煌びやかな電飾に彩られた、行き交う開放的な人々。
 眠らない繁華街は、昼とはまた違った顔を見せている。
 マニッシュなスタイルで建物の影に潜む飛鳥・夕夜(高校生魔剣士・b03206)が腕時計と、艶かしい真紅の衣服に身を包んだ囮役の草間・静音(高校生魔剣士・b02758)を交互に見やる。
 最近赤い外車が立ち回っている地域について聞き込みした結果、この辺り一帯に頻繁に出現するという情報を掴んだのである。
 20時2分。
 予報士の予言では、そろそろのはず。
 本日三人目の酔っ払いを口と拳(主に拳)で適当にあしらう静音の脇に、重低音を轟かせた一台の赤い外車がぴたりと止まった。
 左側の運転席のドアウィンドウが滑らかに開き、男が顔を覗かせる。いかにも遊び人風の色男。間違いない。あれが件のリビングデッドだ。
 静音もそれと気が付いたのだろう。楽しげにたっぷりと焦らした後、同乗する。
 夕夜も2人の様子を目で追いつつ、すぐさま片手を挙げる。幸運にも、タクシーは直ぐに捕まった。
「運転手さん、あの赤い車を追ってくれ」
「お、刑事ごっこかい?」
「ああ、いや……彼氏の浮気現場を掴んで、取っちめるんだ」
「ほお。そういうことならおじさん、頑張っちゃうぞ!」
 ルームミラー越しに片目を瞑ってみせる中年運転手は茶目っ気たっぷりだ。
 絶対他人の色恋沙汰に首を突っ込みたがるタイプだなと苦笑を漏らすと、携帯電話でカムイへ一報を入れた。

●お漬物とナル男
 23時8分。
 静音を乗せた車に続き、夕夜のタクシーが静かに到着する。
 カムイが期待に反することなく、公園組に上手く伝達してくれたのだろう。もはや入り口にトウマ仁王像の姿はない。
 青年リビングデッドにもたれ掛かる静音に次いで、夕夜もまた闇へ紛れた。
 彼と入れ替わるように駐車場に現れたのは、理代と別れた志郎。
 作戦通り行けば、敵は公園内で倒されることになっている。しかし、予想外の動きをとって逃亡せぬとも限らない。
「俺は万が一の保険だからな。俺まで役目が回ってこなければ、それにこした事は無い」
 起動すると、車の影へ身を潜めた。

「やっぱ、赤といえば福神漬けよね〜」
 夜の公園を巡回しつつ、漬物をボリボリと食すはセリス・リューサン(中学生青龍拳士・b02143)。紅を好む敵の特性を逆手に取り、ご丁寧に衣服に赤い染みまで付けている。お年頃の娘さんに不似合いな涙ぐましい努力も、傍から見るとちょっと危ない人である。今もすれ違うカップルが目を丸くしていたではないか。
 そして、こちらでも。
「ああいうのが、巷で流行ってんのかな?」
 遠巻きからでも目立ち過ぎるセリスへ、目を細めて訝しがるリビングデッド。流石にこれは不自然に感じたらしい。
 静音の背を冷や汗が滑り落ちる。
「え、ええ。そうかもしれないわね。他へ行きましょうか」
 強引に青年の腕を絡めて、セリスを回避するべく別の道へ誘導する。
 ナイスフォローですよ、静音さん。

 適度に露を含んだ心地良い夜気が、薄らと頬を撫でて行く。
 眼下に広がるは満点の夜景。
 ナンパリビングデッド討伐などという状況下でなければ、あるいはこの風景を満喫出来たかもしれない。
 けれども、全ては能力者の務め。
 トウマ、理代、戒、夕夜、カムイが静音達をぐるりと囲む形で配置に着いていた。周辺は前以って物陰が塞がれているため、やや遠方から伺っている。
 時が満ちるまで、後もう少し。
 ここで失敗してしまえば計画は全て台無しだ。機を見紛うわけにはいかない。
「今夜はとても幸運だったよ。君という素敵な女性に出会えて」
 鼻が曲がりそうな程の素人臭い台詞が、風に乗って流れて来る。ナルシストもここまで来るとご立派だ。
 理代が半眼で睨み付けた次の瞬間、何とナル男が静音を抱き寄せた! が、こればかりは調子に乗りすぎた行為であったかもしれない。少なくとも、静音の逆鱗に触れるには十分過ぎるものだった。
「息が臭いのよ、リビングデッド! 起動!」
 青筋立てて青年を突き飛ばし、起動カードを天へ翳す。
 それが合図とばかりに潜んでいた面々が威勢良く飛び出した。

●戦闘
 突然の事態に怯むリビングデッド。間髪入れずに静音の長剣が肩口を切り裂く。敵がよろめいているその間に、起動した理代、真っ直ぐに突っ込みながら、
「人の好意を踏み躙る奴なんて大嫌いだ!」
 びしりと言い放つ。凄まじい闇のオーラを一身に纏った少女の黒影剣が腕を跳ね飛ばした。夕夜とカムイの立ち回りに続いて、戒が風水盤で応戦する。
 やっとここで敵も体制を立て直すと、醜悪な正体を現し襲ってきた。
「くっ……!」
 鋭い牙が戒の左腕に食い込む。苦痛に顔が歪んだ。
「さぁ、壊し合おうぜ、死に損ない!」
 勇ましい言葉を紡ぐトウマはジャブに見せかけた後頭部打撃を的確にヒットさせる。
 ここで、遅れてきたエース、セリスが到着。
「これぞエースの証! スーパージャンピング……トンファーキィーック!!」
 特撮ヒーローばりの派手な雄叫びであるが、要するにトンファーを構えながら跳び蹴りをかます技らしい。ちなみに「……」の部分はジャンプしたがための沈黙と思われる。
 戦いは激しい攻防戦へと展開していく。
 夕夜が足を狙うも、振り下ろされた剣は下腹部をなぞる。ならばとカムイが刃を閃かせて確実なダメージを与えれば、
「えいっ!」
 理代も負けじと呪殺符を投げつけるが、こちらは辛くも回避された模様。立て続けに静音の黒影剣が太股を切り付けた。リビングデッドは「キシャアァァッ!」と耳障りな声――否、雑音を発し、爪を滅茶苦茶に振り翳しては威嚇して来る。
 戒が痛みに耐えながら風水盤で必死に応戦している所へ、相手からの追い討ちが向けられる。鮮血を求めて尚、獲物に喰らい付こうとする。だが、割って入ったトウマが易々と防御した。
 能力者達がリビングデッドの仮初の命を徐々に削り取って行く。
「エースとは光! エースとは希望! あたぁっ!!」
 セリスの短棍が頭部を捉えると、敵の体がぐらりと揺らいだ。そこへ静音が全身全霊を柄に込めて畳み掛ける。
「執念深い男は嫌われるぞ」
 相手は果たしてカムイの声が届いていたのか。それとも、脇腹を裂いた痛みか。一層獰猛に吼え狂った。
 この機を逃してなるものか。髪を翻して剣を振るう理代の隣で、夕夜の迷いのない斬撃がリビングデッドを大きく仰け反らせる。
 思いの他、苦戦を強いられたゴーストは大分力を消耗しているはずだ。なるほど危機を感じたのか、トウマの龍顎拳を振り切ると駐車場への道を辿ろうと逃走を図る。だが――
「残念ながら逃げ場はないぜ」
 敵の退路を逆走し、暗がりから現れたのは志郎。これでもう逃げ道は完全に絶たれてしまったのだ。八方塞の状況に陥って身動きが取れないでいる所へ、
「在るべき場所へ帰れっ!!」
 志郎の一撃が彼の者の胸を深く強く貫いた。

 彼が愛した赤。
 この世の何より最も愛した赤。
 皮肉にも、その色によって自身が染め上げられる結果となったのである。

●戦い終えて腹が鳴る
「痛むか?」
「これ位、平気です」
 戒の傷は存外に浅く、夕夜がハンカチで簡易的に止血している横では、カムイと志郎がリビングデッドの躯を適当に片付けていた。所持していた金品――被害女性の盗品は、速やかに回収していく。
 一連の行為が終了すると、宝石の輝きを模したかの如く夜景を視界の隅に捉え、トウマがぼんやりと呟いた。
「暴れたら、ちょいと小腹が減ったな……」
「福神漬けならあるけど」
 いや、そうじゃなくて。
 胸中で激しく突っ込みながら、セリスのお勧めを丁重に断る彼へ、
「あ。私、すっごく美味しいラーメンのお店知ってる!」
 はいはーい、と元気良く挙手する理代の提案は、快く一同へと受け入れられたようだ。
 戦地から帰還する勇者の足音は遠ざかり。
「ふふ、これからは刺激的な学園生活になりそうだわ」
 人知れず囁く静音は、皆の後姿をそっと追うのであった。