山のあなたへ

<山のあなたへ>

マスター:黒金かるかん


 かつて過疎が酷くなった上、災害に見舞われて、とうとう廃村となった村があった。
 それはどうにもならなかった運命だったが、その地を去らなくてはならなかったお年寄りたちの悲しみは深いものだった。
 自分の生まれ育った村を、日々祈った村の鎮守の祠を、彼らは深く深く愛していたので。
 彼らは、そこに想いを残してきてしまった。
 そして彼らは、慣れぬ土地で悲しみの癒えぬままに寿命を迎え……。
 ただ、想いだけが。
 想いだけが、悲しくも懐かしき村へと帰った。
 それから時が流れ――
 今は隣市の中に組み込まれた、かつてその村のあった場所に、再度開発の手が伸びる日がきた。
 ちゃんとした道路がひかれたなら、再びそこにも人は戻ってこれるのかもしれない。
 だが。
「なんで、この祠を壊そうとすると怪我人が出るんだ!」
 道路計画は、残されていた鎮守の祠の上を通っていた。そして工事に入った作業員たちは、次々と何もないところで転んで頭を打ったり足の骨を折ったりしたのだ。
 何もないところで……と作業員たちが思っているのは、世界結界が作用しているため。
 本当は祠にいる老婆のような姿の地縛霊が、祠を守るために、杖で作業員たちを打ち据えているのだ……

「このお婆さんの姿をした地縛霊は、かつてこの村に住んでいたお年寄りたちの気持ちが集まって生まれたものなんだよ……一人じゃなく、たくさんの気持ちが」
 祠を愛した気持ちが、祠を守りたいという気持ちが。
 運命予報士の長谷川・千春(中学生運命予報士)は、そこで悲しそうに伏せていた顔を引き締めた。
「でもこのままだと、このお婆さんの地縛霊は近いうちに作業員の人を殺しちゃう。それは絶対止めなきゃいけない」
 老婆の地縛霊は、祠を守ろうと力を求めている。今は工事が中断しているが、次の工事再開時には作業員を皆殺しにして力を得ようとするだろう。
 老婆は、誰かが祠を破壊しようとすれば、必ずその後ろに現れる。そして杖で打ち据えるのだ。囮となる者は、一撃目を避けるのは困難かもしれない。
「お婆さんを解放して。そうすることで、この土地には、いつかもう一度人の笑顔が戻ってくるから」
 しかしこの地縛霊に、それを理解し自ら散る力はない。
 戦って退治するしかないのだ。
 ただ、と千春は続けた。
「祠の中に……ご神体っていうのかな。お地蔵さんみたいなの。それが残ってるから。戦いが終わったら……それをせめて、村を一望できる山の上のどこかに置いてきてくれない……?」
 祠の中に残しておいたら、工事と共に壊されてしまうから。
 お願い……と祈るように、千春は君たちに訴えた。


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
遠岐斯・空汰(小学生魔弾術士・b04669)
銀森・玲奈(高校生魔剣士・b01485)
光牙道・佐助(中学生水練忍者・b00614)
樹布・刻貴(高校生魔弾術士・b00622)
神谷・響介(高校生魔剣士・b02415)
片倉・優樹(高校生符術士・b05973)
六道・四衛(高校生魔剣士・b04397)
ヴェイグ・リュングベル(高校生魔剣士・b01287)




<リプレイ>


●眠る村で
 その村に人の住まぬようになって久しい。しかし、家屋を壊して去ったわけではなかったので、古い家はまだ残っていた。開発が進むと、それらも取り壊されていくだろう。
「あそこか」
 ヴェイグ・リュングベル(高校生魔剣士・b01287)が工事機材の残されていた場所を示した。
 そこへ銀森・玲奈(高校生魔剣士・b01485)が走って戻ってくる。
「……大丈夫です、工事の人は誰もいません」
 時刻は昼下がり、昼間のうちに済ませようという玲奈と六道・四衛(高校生魔剣士・b04397)の主張で、この時間に到着した。人さえいないなら、昼間でも出てくるのなら、仕事は視界が良いほうがいい。
 彼らのいる場所は、かつて使われていた古い峠道だった。片倉・優樹(高校生符術士・b05973)が現場近くの山を調べたついでに、問題の祠を見下ろせるような道も見つけてきたのだ。
「あの辺とあの樹のところに隠れられるな」
 神谷・響介(高校生魔剣士・b02415)が、工事現場の先にある問題の祠の周りをよく観察して、祠の近くの茂みと樹を指した。今回は囮作戦なので、囮が地縛霊を引き出すまでは隠れている算段になっている。響介はその場所を探していた。
「みんな、かくれりゃれる?」
 一番背の小さな遠岐斯・空汰(小学生魔弾術士・b04669)が背伸びをして、確認するように示された場所を見る。
「大丈夫だろう。一ヶ所だけじゃない」
「じゃあ、行きましょう……イグニッション!」
 玲奈がまず武器を手にした。
「もう準備すりゅの?」
「そうだな、俺も纏っておこう」
 樹布・刻貴(高校生魔弾術士・b00622)もカードを掲げ、静かに呟く。空汰もそれにならって、箒を呼び出す。
「じゃぽ!」
 それと同時に、パートナーであるシャーマンズゴーストも空汰の隣に立った。
 四衛の手にも武器が降りる。
 半分ほどがイグニッションしたのなら他がしない意味もなく、次々と皆武器を手にしてゆく。
 最後に鋼糸を手にした光牙道・佐助(中学生水練忍者・b00614)は、ふと気になっていたことを玲奈に問うた。
「挑発は本当にするでござるか?」
「……ドジ婆に?」
 玲奈の返答にも、佐助は少し顔を顰める。それが死者を辱めるような行為ならば、するべきではないというのが佐助の主張だった。
「祠やご神体を戦闘で破壊してしまったりするよりは……」
 玲奈にも主張はあるので、ええと不満の滲む表情を見せる。だが、その袖を空汰が引いた。
「だいじょうぶ! くーた、じゃぽといっしょに、ほこら守りゅから」
「俺も誘導はしよう」
 刻貴がぼそりと言う。優樹も穏やかに戦いには考えがあると告げた。
「そうですね、祠が壊れないように戦いますよ」
「その辺は位置取りでどうにかなるだろう。何も必要以上に怒らせることもないだろうよ」
 四衛もそう言い、玲奈はうーんと考え込む。
「でも」
「やめてほしいでござるよ」
 生きていれば、意向のぶつかることはある。どちらが良いとは言えないことは、ままある。ただ利害が、正義と思うものが一致しないだけだ。今回の地縛霊の老婆と、開発工事に携わる者がそうであるように。
 四衛は佐助と玲奈の二人の後輩を見ながら、思っていた。
「譲り合えよ。俺たちはここに、過去と未来を譲り合わせるために来たんだ。そんな俺たちが譲り合えなくてどうするんだ。玲奈は祠が無事そうならやめておいてやれ、佐助は祠が危なそうなら玲奈の手段も諦めろ」
 初仕事だ、首尾よくやろう。四衛はそう二人を仲裁し。
「だいじょうぶ、くーたとじゃぽがきっと守りゅよ」
 そして佐助を安心させるように、空汰はにっこりと笑った。

●叶わぬ想いの形
 刻貴を先頭に、八人は祠に近づいた。祠を取り巻くように、周りの茂みや樹の陰に身を潜める。
 優樹の偽身符を囮にすることはできず、囮になるべく茂みから響介と玲奈が立ち上がった。
 その響介の服の裾を優樹が引いて囁く。
「着ていきます?」
 と、優樹が差し出したのは作業員の服だ。囮役のために用意してきたものだった。
「そうだな、上だけ羽織っていこう」
 響介は手早く作業着に袖を通し、先を行く玲奈を追った。これが囚われた想いに決着をつける、第一歩だ。
「そういえば、自縛霊との会話は出来るのだろうか」
 響介たちの隠れていた茂みの反対側の樹の陰で、刻貴は呟いた。ふと隣にいるシャーマンズゴーストを従えた空汰を見やる。シャーマンズゴーストは喋らないが、パートナーの意思は察するようだった。
 しかし、そこで疑問は振り払い、意識は囮のほうへと戻す。地縛霊はすぐに出てくるはずだった。
 その前に、すぐにも飛び出せる姿勢を作る。
 先に祠の前に着いた玲奈が、祠を攻撃するふりをした……その瞬間には、刻貴も飛び出していた。

「うあっ!」
 祠に玲奈の攻撃が当たる前に、地縛霊の老婆は現れた。それは響介の目の前でもあったが、その動きは老婆の姿にしては速く、杖を振り下ろすのを止めることはできなかった。
 老婆は祠に害なす者を、見た目で判断していたわけではなかったようだ。先に攻撃する振りをした玲奈のほうを迷わず対象としたところから、それがわかる。
 一撃を受け、その思った以上の強さに玲奈は転がるように祠の前を離れた。痛みに耐え、少しでも祠から離れるように。
 地縛霊を地に繋ぐ鎖を引きずり、老婆はそれを追う。
「させるかっ!」
 響介は続けて玲奈が攻撃を受けないように、間に割って入った。
『なぜじゃ……!』
 聞こえたと思ったのは、老婆の声だろうか。
『なぜ……村を……』
 切れ切れなのは、意識を成す力が弱いせいかもしれない。理性的な存在ではないのだ。
「横に回りこめ!」
 四衛の指示する声が聞こえた。
 祠に向かって正面にならない位置を取るようにと。
 じきに包囲が成り、射撃攻撃も届く。それまでのわずかの間はと、響介は振り下ろされる杖を剣で弾いた。

 優樹は、響介に向かっても杖を振り下ろそうとする老婆の背に呪殺符を投げつけた。
 空汰と刻貴も炎の魔弾を投げ、佐助は水刃手裏剣を放る。
 それらは効果があったようで、老婆は炎に包まれ少し背中を丸め、響介に向かう杖は少し勢いを失ったようだった。
 空汰はその横を駆け抜けるように、祠の前に向かう。老婆と祠の間に入りこむと、じゃぽと共に祠を守るために立ちふさがった。
 いまだ炎に包まれたままの老婆の意識が、そちらに向く。
「きちゃだめ……!」
 空汰が叫び、刻貴もまたそこに割って入った。
「さっさと成仏してもらおう。悪いがこちらはこれが仕事なのでな」
 刻貴は通常攻撃で近づく老婆を牽制し、響介も黒影剣でそれを援護する。
 ようやく初撃のダメージから立ち直って体勢を立て直した玲奈も、どうにか横合いから黒影剣を閃かせた。
「Claymore、Ready……Fire!」
 逆側から四衛がロケットスマッシュで突きを放つ。老婆を吹き飛ばすことはできなかったが、半ば体当たりでその位置を祠の前より離した。
 そこに優樹が二度目の呪殺符を放つのと、佐助が飛び込んでいって老婆の背中に鋼糸を振るうのは、同時だった。
 どちらが最後の一撃だったかはわからない。
 ただ光の中に散っていく影を、空汰は目を細めて見送った。

●山のあなたの……
 響介は玲奈の手当てをしていたのと、佐助は安置には関わらぬと言ったので、他の五人と一体が交代で、祠の中にあったご神体の石像を運び出した。
 安置する場所は刻貴と優樹が事前に調べていたので、迷うこともなく目指すことができた。
 行きに通ってきた峠道の、斜面の上、山頂に程近く。
 空汰の願いによって、少し大きな樹の下に。
 かつては村の道祖神であったのだろう石像は、村のあった場所を見下ろすように置かれた。
 四衛は用意してきた雨傘を、石像の横に杭を打ち、そこにしっかりと結わきつけて立てた。
 そして祈りを捧げる。
「そのままでいられるものは何もないんだ。変わっていく故郷を愛してやってくれ、な」
 ここから見える風景は、これから変わっていくだろう。人が戻ってきても、昔に戻るわけじゃない。
 四衛に習うように、空汰も石像に祈る。
 じいちゃんやばあちゃんの想いが、無事にあの世に行けるように。もう迷わないように。
「……じゃぽも地ばく霊だったよね。じゃぽはどんな思いをのこしてたの」
 ふと顔を上げ、パートナーのシャーマンズゴーストを見上げる。だが首を傾げる空汰に、じゃぽもただ首を傾げて見せただけだった。
 答のない問いにもう一度首を傾げ、空汰は改めて見回す。ここなら、樹が、山の動物たちが、一緒にいるからお地蔵様も寂しくはないだろう――空汰は鳥の声を追いかけて視線を彷徨わせた。
 すると、遅れて登ってきた玲奈と響介、そして佐助が見えた。
「ここになったんですね」
 玲奈も新しい居場所に置かれた石像を拝む。
 これから先も、村を見守り続けてくれるように。生まれ変わる新しい村を。
「もしも輪廻があるのなら、きっといつか、あの魂たちはここに戻ってくるさ」
 声にはしなかったそれぞれの祈りも察したように、刻貴は言った。
 響介が、村を見下ろして、うなずく。
「そうだな。何かを護りたかっただけの想いだ。人の命を奪うこともなかった……」
 誰も望まぬ結末を、回避することができたのだから。
 今日は、これでいい。
 地縛霊を倒す以上の良策はないのだから。
 だが散っていった魂が、またこの地に生を享け、穏やかに願いを叶えることを――夢見るように願うのも、悪くはないだろう。
「――帰ろう」
 誰ともなく、呟いた。
 夕焼けが空を染め始めていた。