喰らう部屋

＜喰らう部屋＞

マスター：高橋一希


「お母さん……お腹空いた……」
「お父さんが帰ってくるまで、ガマンしましょう、ね？」
「でも、もう何日もご飯食べてないよ……力が入らないよ……」
「もう少し、もう少しガマンすればお父さんは帰ってくるわ……」

「……で、その母子は、家中のお金を持ち出した父親を待ちわびたまま、餓死してしまったらしいの」
　長谷川・千春（中学生運命予報士）は、手にもったメモ帳をめくりながら、唐突にそんな話をした。
　しかし、彼ら能力者達が集められて、こういった話をされたという事は……。
「そう。ゴーストの事件が起こっているの。あのね、とある町のアパートには４号室がないの。何回数えても、普段は３号室の次は５号室なんだって。でもね、希に４号室が現れる事があるらしくて、その４号室を開けてしまったものは……」
　彼女は両手を大きく開き、がばりと閉じる。
「こう、アパートに『食べられちゃう』んだって」
　その今は存在しないはずの４号室に住んでいたといわれるのは、先ほど話された親子。
　いや、住んでいた、というのは適切ではない。今も『住んでいる』のだ。
「さっきの話の母子はね、地縛霊になって、そのアパートの４号室に住んでるの。餓死したからなのか、凄く食べる事に執着しているみたい。放っておくと、部屋を開けてしまった人がどんどん『食べられ』ちゃうよ」
　千春の話によると、４号室は特殊な空間になっており、本来の部屋の広さを超えて結構な広さを持っているという。
　つまり、詠唱兵器を振り回しても問題はないという事だ。
　地縛霊は、その痩せ細った両腕からは信じられないほどの力で相手を捕縛した後、頭の部分がぱくりと割れ、それ自体を巨大な捕食口にして噛み付いてくる。
　また、捕縛が上手くいかない場合は両手で引っかき、ひるんだところを見計らい、噛み付こうとしてくるとの事だ。
　……そういえば、先ほどの話の中に出てきた父親はどうなったのだろうか？
　その問いに千春は軽く首を振る。
「完全に行方不明みたい……だからね、その母子と、これまでに食べられた人の弔いの意味を込めて、地縛霊を倒して」
　彼女らしくない、沈鬱な表情。
　自分でもそれに気づいたのか、千春は笑顔を作る。
「大丈夫、皆ならきっと何とかできるよ！」
　そう言うと、彼女は照れを隠すかのように手近にあったチョコレートを口に含んだ。


＜参加キャラクターリスト＞

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の８名です。

●参加キャラクター名
ソフィア・グランデル（高校生魔弾術士・b02109）
リングウェイ・アルカトラス（中学生霊媒士・b05388）
黄泉寺・戮（高校生符術士・b03158）
桜井・唯乃（高校生魔弾術士・b00854）
水無月・真里亜（中学生魔弾術士・b04383）
鷹仲・弥希（高校生ゾンビハンター・b00060）
妃女神・妃芽（中学生魔弾術士・b01452）
夜光・一輝（中学生ファイアフォックス・b01989）




＜リプレイ＞


●救う為に
「……ゴーストとなってまで待つほど、家族とは重要な物なのでしょうか？」
　リングウェイ・アルカトラス（中学生霊媒士・b05388）はそう呟きながら手元のパソコンを操り、噂の『4号室』について調べていく。
「なんで父親の帰りを死ぬまで待ったんやろ。消えた父親が一番悪いと思うけど、信じて待ち続けた二人も悪いと思うなぁ……」
　夜光・一輝（中学生ファイアフォックス・b01989）も、まあ可哀想やけどと、同情しつつも、リングウェイに続ける。
　彼の後ろでは妃女神・妃芽（中学生魔弾術士・b01452）がその様子を眺めながら、心中を傷めていた。
（「悲しい気持ちで一杯です……けれどこれ以上の被害を出すわけにはいかない。皆が安心して過ごせる生活を、作らなくてはいけないのですから」）
　彼女はゴーストを倒す決意を人知れず固める。
　地縛霊と化した者を救うには倒す以外に方法がないのだから。
「……ありましたね」
　リングウェイは『4号室』の出現情報を見つける。
「子供や女性など、特にやわらかそうなものが、単体で通ると、その姿を現す……と」
　人を食料としか見ていないみたいですねと彼は言う。
「それにしても」
　ソフィア・グランデル（高校生魔弾術士・b02109）があきれたように話す。
「そこまで、誰でも構わず喰らいつくほどの気概があるのなら、最初からやっていればここまで迷惑にもならなかったものを……まあ、ゴーストに文句を言っても始まりません。害があるから焼き払う、それ以外に必要なことはないでしょう？」
　その言葉に桜井・唯乃（高校生魔弾術士・b00854）が力強く頷く。
「犠牲の方々を増やす訳にはいきませんし……頑張ります」
　リングウェイが調べた情報によれば、そのアパートは既に住人が居ないらしい。
　――所詮ネットの情報、どこまで信用できるかは定かではない。
「まあ、運も実力のうち、そして幸運を引き寄せるのも実力。気張っていくか」
　鷹仲・弥希（高校生ゾンビハンター・b00060）が言い切り、それを聞いた一同は大きく頷いた。

●ただひたすらに戦え
　古びた、人気のないアパートが目の前に立っている。
　その壁面には罅が入り、ヘタに暴れようものなら倒壊するのではないかという不安さえよぎるほどの古めかしさであった。
　しかし予報士の話を信じるならば、噂の『4号室』内部では何をやっても大丈夫、という事になるであろう。
「弟も来たがっていたけど……ま、帰ったら色々話してやろう。うん、そうしよう」
　その古びた様子に、こういうところに地縛霊っているものなのかぁ、と妙に関心しながら黄泉寺・戮（高校生符術士・b03158）が言う。
　彼の目的は地縛霊の生態調査、らしい。
　そして、妃芽がその横で様子を伺う。
「此方が問題のアパートですか……今でもお父様を待ちわびているのでしょうか、悲しい事です」
　彼女は悲しみに沈んではいたものの、それに流されることが地縛霊にとって良い事ではない、というのは正しく認識していた。
　ここで悲劇を断ち切り、悪夢を終わらせる為に、自分は居るのだと。
　アパートの3号室の前では、1匹の猫が「みゃぁ」と鳴いていた。
　水無月・真里亜（中学生魔弾術士・b04383）が猫に変身し、アパートの間近で様子を見ていたのだ。
　今のところ4号室は姿を現してはいない。
（「何の変哲もないアパート……に見えますが……」）
　唯乃は4号室だけではなく、周囲の部屋も念のため様子を伺う。
　住人が居て巻き込まれようものなら、ただではすまない。
　他の部屋にも人が居ないか、更に歩みを進める。
　弥希が3号室と5号室の前をさりげなく通過する。
　彼の考えは「父親の帰りを待っていたなら、男が通ればまだ感じる部分はあるだろう、それが地縛霊の食欲をそそるだけの行動だとしても」というものであった。
　その勘は……見事に当たった。
　彼がふらりと通過した瞬間、壁であったはずのところに『4号室』とかかれたプレートのついた部屋が現れたのだから。
　猫の姿をした真里亜が全力で鳴く。
　同じく猫化して様子を見ていたソフィアは人の姿に戻り、現れた4号室前へと駆けつけ、携帯で他のメンバーへと連絡を取る。
　全員が扉の前に集結し、突入の準備を始める。
（「前衛で戦える者は少ない……俺が行かなきゃ話にならねぇ」）
　弥希はドアノブを握りしめ、大きく深呼吸をすると、勢いをつけてあける。
「行くぜ！　イグニッション！」
　彼が4号室に飛びこんだ瞬間目にしたものは、痩せ細った腕。
　それが彼を捕まえようと襲い掛かってくる。
「くっ……！」
　ギリギリでそれを避けたものの、腕に大きな引っかき傷が出来き、血がしぶいた。
「弥希！　ちょっとだけガマンしいや！」
　一輝は叫びながら地縛霊の母親の後ろへと回り込み、叫ぶ。
「さぁ来いや……哀れな霊達！」
　その声に気を取られた母親は彼の方へと振り向こうとしたが、一輝の撃ち出した炎の弾が母親を包みこむ。
　ソフィアもそれに続き炎を打ち出し、母親を炎上させる。
「同情を掛ける訳にはいきません。手早く済ませます……！」
　唯乃が叫び、術式を編み込んだ炎の弾を更にぶつけていく。
　リングウェイは僅かに離れたところにいた子供に向かい雑霊弾を放つ。
　気の塊は子供当たり、見事に相手の隙を作る。
　妃芽はそれを見逃さずに、更に炎の弾を打ち出し追撃を行った。
　子供は燃え上がるが、それでも立ち上がり、彼らへと向かってくる。
　真里亜は力の行使への興奮を隠し切れずにいた。
「消えなさい！」
　彼女の裂帛の気合とともに放たれた白燐拡散弾が『食う』事を目的とした地縛霊たちを喰らいつくす。
　だが、それでもまだ彼らは倒れない。
「あ、僕が攻撃する分ぐらい取っておいてね」
　それまで地縛霊の攻撃パターンを見ていた戮がガンナイフを構える。
　母親の霊はそんな余裕を見せた彼へと襲い掛かる。
　捕縛はされなかったものの、やはり鋭い爪が彼に切り傷を作っていく。
「ふむふむ、一撃でこの位……」
　痛みはあるものの、戮は余裕を見せる。
「戮！」
　ソフィアが彼を心配し、母親へと更に炎の弾を打ち出す。
　人の形を残していながらも、攻撃にひるむ事なく動くそれは、地縛霊が完全に人とは異なる存在と化している事をまざまざと見せ付けた。
　子供の地縛霊が妃芽へと噛み付いてくる。
　もう既に、なりふり構わず相手を喰らおうという様だけが見て取れる。
　妃芽はその様に僅かに哀れみの表情を浮かべ……炎の魔弾を打ち出した。
「さぁ、無に帰るがいいのです。貴方達の住まう場所は此処では御座いません」
　彼女の言葉に答えるかのように、子供の霊の存在が希薄になり、消えていく。
　――残るは、母親のみ。

●喰らい尽くそうとするが故に
　地縛霊の母親は思いのほか強かった。
　唯一の繋がりであった息子を消された事に怒りでも覚え、本来以上の力を振るっているのか。
　それともそんな感情はなく、元々強力なものであったのか。
　炎に焼かれながらも能力者達へと迫ってくるその姿は鬼気迫るものがあった。
「……テ、ヤル……」
　これまで何も喋っていなかった地縛霊が、はじめて言葉を口にした。
「……喰ラッテ、ヤル……！！」
　掴みかかりもせず、ただひたすらに捕食口を開き噛み付こうとしてくる。
　唯乃はそれを余裕を持って避ける。
「ふぅん。攻撃力はありそうだけれども、大振りだね……その不幸っぷりならこの攻撃も食らうよね？」
　戮が呪殺符を投げつける。
　母親に触れるとそれは禍々しい力を放ち、これまで常に立ち続け、能力者達へと襲い掛かっていた彼女に膝を折らせる結果となった。
「苦痛だろうけど……今楽にしたる。熱いのも、悲しいのも、空腹なのも」
　一輝が限界まで力を振り絞り、炎を放つ。
「総じてお前らの運の無さを悔いろ」
　情に流される事なく弥希がロケットスマッシュを全力でうちこむ。
「さて、そろそろトドメ……いってみようか」
　戮が軽い調子ながらも闇のオーラを纏わせたガンナイフで切りつける。
　ソフィア、リングウェイ、真里亜の3名が渾身の力を込めた炎の魔弾が母親を焼き焦がす。
　母親はその姿を崩れさせ、地に伏す。
　まだ姿が残っている以上、終わりではない。
「貴方達の本来在るべき場所へ……お還りください……」
　唯乃は更に母親を燃やし尽くす。
　その姿が消えるまで。
「これ以上の悪夢は不必要なのですよ」
　悲しげに呟く妃芽。
　能力者達の前で、ひたすら食べる事へと取り付かれた地縛霊は消滅した。
　
●悲しみの終わりに
「……ってぇッ！」
　弥希が両腕に出来た傷の痛みに顔をしかめた。
　腕の上には妃芽のモーラットがのぼり、傷口をペロペロと舐めている。
　傷口がゆっくりと塞がり、いつもどおりに動かせるようになるまで、そう時間はかからなかった。
「ま、興味深かったけど、僕らの敵じゃ……ないね」
　今度は、傷の痛みを堪えながら言い張る戮にモーラットはよじ登り、傷を舐めはじめる。
　怪我の度合いから護送車の派遣の要請をしたほうがいいだろうか？　とリングウェイが意見を出したが、妃芽のモーラットに出来る限り傷を塞がせる事にしたのだ。
　元に戻った4号室の前では唯乃がそっと手を合わせている。
「ゴーストは、誰だって何かしらの未練で生まれる……その内容に、感慨などありません」
　ソフィアは淡々と言い切ったが、それは真実だ。
　想像を絶する思い残しが、ゴーストを生み出す元となるのだから。
「……ただ、今は二人が幸せに眠れるよう……祈ろうか」
　一輝は4号室の方を見て、僅かに悲しげに言う。
　真里亜も、それに倣い小さく祈りを捧げた。

　4号室はあるべき姿を取り戻し、アパートは静けさに包まれた。
　ここで人が行方不明になることは、最早無いだろう。
　再びこの場所で人が暮らす事があれば、きっと穏やかな生活が営まれるはずだ。