〜神戸駅付近のガード下〜

「魔法のボストンバッグ」熾木・凍は、荒い息をつきながら、シャッターの閉まったたばこ屋にもたれかかった。怯えきった表情の彼は、走ってきた方角をしきりに振り返っている。

「もう銀誓館学園の追手は撒きましたわ、熾木様」
 傍らの女性が、優しく声を掛ける。シスター服に身を包んだ女性の手には、鈍く光る詠唱兵器。

「アリス、貴様、しっかりと俺を守れよ! 俺を走らせるな! 俺を怯えさせるな! お前に一体幾ら払ったと思ってるん……!?」
 熾木・凍は、全てを喋ることはできなかった。シスター服の女性……聖女アリスが不意に放った鋭い蹴りが、彼の右肩に深々と突き刺さった為だ。

「彼等はひとつ、正しい事を仰いました。この世には、お金で買えないものがあります」
 痛みのあまりくずおれた熾木の体を踏みにじりつつ、アリスは続ける。
「たかがナイトメアビースト風情に、人狼騎士にして『あの方』の従属種たるこの私を、どうにかできるとでも? あなたはおとなしく、『金でしかできないこと』をやっていればいいのです。そうすれば……」
 不意に言葉を切り、
「私が、守ってあげますから」

 それは、かつての『聖女』アリスと全く同じ、優しい声色。
 しかし、全てが違っていた。過去は既に失われたのだ。
 怯えながら慈悲を請い、忠誠を誓う熾木を従え、アリスは夜の街に姿を消すのであった。