〜長崎県佐世保湾海底:影の城〜

 「世にも珍しい『伯爵』のペットさん。影の城にようこそ」
 潜水服を脱いだシスター服の女性……聖女アリスに対し、城の主オクタンスが声を掛ける。
 「偉大なる原初がひとりオクタンス様にお目通りが叶い、光栄でございます。日本には既に到着していながら、この度は正式な御挨拶が遅れましたことを、平にお詫び……」
 「いいわよ別に。心にも無い癖に。まぁ、お座りなさいな」
 原初の吸血鬼とは思えぬ、オクタンスとは思えぬ気さくさに、さすがのアリスも面食らう。
 『以前』の記憶も告げている。こういう時の吸血鬼は強く、油断がならない。
 アリスは静かな微笑を絶やさず、交渉の席についた。

 交渉の口火を切ったのはオクタンスだった。
「単刀直入に言うわ。私の可愛いアレキサンドラが見つけた『マヨイガ』。私はあれを、確実に欲しい」
「はい、承知しております」
「あなたの望みは?」
「私の望みは、『ゲーム』の舞台としての、マヨイガの利用許可です」
 アリスはそこで言葉を切った。アリスの『本当の望み』は、オクタンスなら言わずとも察するだろう。

 予想通り、オクタンスは切り出した。
「そうね、視肉が欧州の町並みを覚えるには少々時間がかかるでしょうけど、『ゲーム』ならいつでもできるものね」
「はい。私共は日本各地の用地買収と『古民家化』を進めておりますので、私共の『ゲーム』進行のみならず、オクタンス様のゴースト集めにもお役に立てるかと存じます」
「なかなかの条件ね、信用しましょう。でもしばらくは、全ての古民家と、マヨイガの接続を切るわよ」
「承知しております。銀誓館学園が、マヨイガの存在を察知したようですから」

 ようやく、オクタンスの顔に不快感が現れる。
「まったく、忌々しきは銀誓館のクソガキども! どこまでも私の運命の糸に纏わり付いて、邪魔をして! あいつらさえいなければ、ここであんたみたいな雌犬と交渉することも無かったでしょうに」
「いいえオクタンスさま。それは違います」
 アリスはここで、きっぱりと言い放つ。
「私は『伯爵』様の従属種ですが、『私共』は全ての原初様のしもべでございます。今回の事が無くとも、いずれはオクタンス様と道をひとつにし、私共は喜んで、あなた様の元へ馳せ参じたことでしょう」

 …………。
 しばしの沈黙の後、オクタンスが口を開く。
「……あなたは、私にお追従など意味がないのを知っていて、それでも言うのね。良いでしょう」
 そしてオクタンスは宣言する。
「本当はじきにマヨイガの通路を塞ぐのだから、私の計画には万にひとつの危険も無いわ。でも、銀誓館学園の奴らなら、それでも何とかするかもしれない。存在もしない突破口を勝手に作ってこじ開けるような怖さが、奴らにはある。私は教育も得意だけれど、反省も得意なのよ」
 だから……。
「ここで、先の艦隊戦で失った軍勢を再編する。それまで、私達を守りなさい。あなたたちを雇うわ」

「『吸血鬼株式会社』へのご用命ありがとうございます、オクタンス様」
 そしてアリスは、契約締結の握手を交わすのだった。