「これは食べられるわ」 腰に手を当てたエリザベスは、自信に満ちた声で言った。 手に握られているのはそこらに生えている草だ。彼女の言うように、食べようと思えば食べられる姿形をしている。 「食べられない」 クレスは溜息混じりに答えた。 毒草ではないが、美味いものでもないことを彼は知っていた。 エリザベスは幼馴染の言葉にむっと顔を歪めたが、黙ってその草を放り捨てた。 「……ダンジョンの中って、結構安全ね」 手に付いた土を払い落とし、エリザベスはぐっと体を伸ばした。 穏やかな風に草木が揺れ、小鳥が頭上で鳴いている。見上げると綺麗な青空が広がっていた。 腕試しに入ってみようと言ったのはエリザベスだった。クレスは同意こそしたが、手に負えないようならば直ぐに引き返すことをエリザベスに約束させた。強くなる前に倒れては、何の意味もない。 しかし、クレスが心配したような事態はここまで全く起きていない。探索は順調すぎるくらいだ。 「クレスがいなくてもよかったわね?」 にやりと笑い、エリザベスが歩き出す。 数少ない戦闘を悠々と乗り越えた自信が言葉の端々から滲み出ている。 クレスは後に続きながら大きな溜息を落とした。 彼女の言葉がどこまで本気かは分からないが、これが心配でついて来たのだ。 「……俺がいなかったら、エリザベスは毒草でやられてたな」 ぽつりとクレスは言った。 その言葉にエリザベスが勢い良く振り返る。 「さっきの毒なの?」 「毒じゃない」 「なっ……嘘ついたわね!」 顔を真っ赤にしたエリザベスがクレスの肩を叩く。 「さっきのが分からなかったら、他のも分からないだろ」 「分かるわよ!」 「そう言って――」 ふと、クレスが口を閉ざした。 視線を鋭くした様子に、エリザベスはたじろぐ。 問うより先に異変に気付いた。 「揺れてる……」 足元を見下ろしてから、エリザベスは辺りを見回した。 耳を澄ませば音が聞こえた。何かを崩すような音だ。次第にそれは二人に近付いてきている。 それらは瞬く間に大きくなり、音は轟音変わった。 「な、なにあれ!?」 エリザベスが叫ぶと同時。 苔の生えた遺跡の柱の間に、ぬっと巨大な影が姿を現した。 ランドホエールだ。不揃いの牙。まるで細木を薙ぎ倒すように柱を押しのける爪は大きく、一振りするたびに猛烈な音が二人の耳に届いた。揺れの正体である足が地面を踏みしめる度、地面が陥没する。 「俺達で倒せるのか……?」 クレスは呆然とした。腕試し、で倒せるような相手ではない。 濁った目が二人を捉える。巨大な顎が開かれ、この世のものとは思えない咆哮が轟く。 「クレス……」 「大丈夫だ」 逃げることは出来ないと悟ったエリザベスの声に、クレスが力強く言い聞かせた。 焦燥と、決意を宿した横顔が巨大な敵を見据えている。エリザベスも覚悟を決め、頷いた。 ランドホエールが敵意を露に動き出す。 二人は同時に武器を構えた。
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