■リヴァイアサン大祭『一時の夢幻』
「ユウカ、明日ミーと踊らないかね?」リヴァイアサン大祭の前日、ナイアは恋人をそう言って誘った。
ユウカとしては気合いを入れざるを得なかった。舞踏会ともなれば、とくに衣装に。
華やかな音楽、煌びやかな雰囲気、そこには大切な日をパートナーと過ごすたくさんの二人連れがいて、二人も例にもれず参加者の仲間入りをする。
その前に。
ナイアは、改まった様子ですっとユウカの前に膝まづき、その手を取った。
「お嬢さん、私と踊ってもらえませんか?」
普段と違う彼の態度。
それに周りの雰囲気も加わって戸惑ってしまう。
胸の高鳴りは恋のときめきもあってドキドキと収まりそうもない。
「ぅ……はい。よろしく、お願いします」
流されるように何とかそう返すと、了承を得たことでナイアは優しげに微笑み、ユウカの手の甲に口付ける。
「ありがとう。あなたにとって素敵な一時になるよう努力しましょう」
明らかに、いつものナイアではない。
どこから見ても真面目な紳士で、自分をレディとして扱ってくれている。
おかげでユウカは踊りに自信があるというのに全く上手くいかなかった。
流れる音楽はどこまでも優雅で、上品でありながら大切な相手と過ごす場であるという独特の甘さと楽しさもある。
そんな雰囲気にユウカは自分自身の心も身体も制御できなくなってしまったようだ。
手を取られ、きちんとエスコートされているというのに、足元が何だか覚束ない。
「あ……!」
ユウカは小さく声を上げた。
うっかりだ。
彼のリードで踏み出したはずのステップ。ドレスに合わせたユウカのヒールが着地したのは、ナイアの足の上だったのだ。
「ご、ごめんなさい……」
お詫びの声もか細く、ユウカは少女のようにどぎまぎしているというのに、ナイアはといえば気にした様子も無く、大人の余裕を見せている。
そのまま、二人は踊る。踊る。
緊張もあってか、二人の楽しい時間は駆け足で過ぎていき、舞踏会も終わりの時間となった。
外に出れば、気分が高揚して身体も火照っているので余計にその寒さが身に染みる。
「うぅ、流石に寒い……かも……」
ユウカは薄い布地のドレス姿、自然と自らを抱いて寒そうに身を震わせるから、ナイアは自分の上着を脱いでその肩にかけてやった。
そして。
ユウカがお礼を言う前に、まるで魔法が解けるかのような瞬間がやってくる。
「サービスタイム終了ね」
先程までの微笑とは違う、普段の軽薄でおちゃらけた態度でナイアは笑った。
かっちり着込んでいた礼服も胸元のボタンを外し、寒さなどまるで感じていないかのような彼の姿。
いつものナイ神父だ。
ユウカはぼんやりとそんなことを考え、それでもこのひとと過ごした今夜の思い出は大切だと、そう思った。
たとえそれが一時の夢や幻のようでも。
確かに、ここに、残った。