■リヴァイアサン大祭『乾杯』
「シャルロ。見ろ、人がゴミの様だぞ」窓の外を眺めるシリアレシルラが心底楽しそうな声をあげた。
資料を読んだり、書類に筆を走らせたりしていた、仕事中のシャルロの妨害ばかりしていたのに、それにも飽きたらしい。
「はぁ……。寒いんだけど。窓閉めろよ。」
窓からは冷たい風が吹き込み、シャルロは嫌そうに口を開く。
普段は穏やかな人当たりのいい青年。それなりの規模である商会を営むだけある。そういう人間ほど腹に一物抱えていたりするのだが。
シャルロは、シリアレシルラ相手には、外面を作らない。故に、嫌そうな顔も隠さなければ、言葉を選ぶ事もしなかった。
しかし、窓を閉めろと言いつつも、「見ろ」と言われた窓の外を見た。
街は華やかなランプイルミネーションで輝き、楽しげな音楽と人々の笑い声が溢れている。
「全く、お祭りとかそういうの皆好きだね」
「パートナーとの絆を再確認して世界平和とやらを祈る日らしいぞ」
シャルロが呆れながら呟くと、シリアレシルラが興味なさそうに口を開いた。
1年に1度、この日だけ、水の星霊『リヴァイアサン』が半実体化して空中を飛び回る。
この日は、エルフ達にとって『パートナー』との絆を尊重し、静かに世界の平和を祈り合うという大切な日という事だ。
「はっ、世界平和ね……」
鼻で笑うシャルロが、一度そこで言葉を区切って、
「そういう理由に託けて騒ぎたいだけだろう」
冷めた目で窓の外を見降ろしながら、冷たく言い放った。
「それに、平和になったら退屈すぎるだろ」
「ふむ。珍しく意見が合うな」
更に言葉を続けたシャルロに、シリアレシルラが同じく冷めた目で頷く。
世界平和を多くの者が祈る中、それを否定する二人。
「せっかくいい暇つぶしになってるのにさ。……仕事一段落したし、一応、形式的に乾杯でもしておく?」
つまらなそうに呟いたシャルロは、トントンと書類を纏め、鼻を鳴らして嘲るように言いながら、ワインとジュースを出した。
「一体、何に乾杯するんだ?」
「さぁ、なんだろうね。世界平和じゃないことだけは確かだよ」
ジュースの注がれたグラスを持ったシリアレシルラが首を傾げる。シャルロも、赤ワインを注いだワイングラスを持って、軽薄な笑みを浮かべた。
「なら世界不幸辺りでも祈っておくか?」
「はぁー……。まぁ何でもいいんじゃないの?」
人の悪そうに口元を微かに歪めたシリアレシルラに、シャルロが考えるのも面倒だと言わんばかりに、軽く息を吐く。
「乾杯」
二人の声が重なり、カチンと小気味良い音をグラスが立てた。