■リヴァイアサン大祭『niveus』
可愛らしい内装の部屋で、メビウスはやや落ち着かなげだった。「どうなさったの」
その様子に気づいたエルヴィラが問いかける。
「女性の部屋に入るのは初めてだから」
「初恋の人のお部屋には行かなかったの?」
エルヴィラは探りを入れるようにメビウスを見つめる。
大祭に沸く森でひっそりと交換した秘密。それが彼女は気になって聞かずにはおれなかったのだ。
「いや……」
メビウスは目をふせ、しばらく過去に思いを巡らせた。
「そもそも想いを口にはしなかった」
彼の言葉に、エルヴィラは不思議がるように首を傾げる。
普段、口数が多いとは言えないメビウスには珍しく、彼は語りだした。
その女性をどのように知ったか。なぜ想いを告げる事ができなかったのか。淡々と、時に自嘲の笑みを浮かべ、言葉を紡いでいく。
そして、かつての想い人は他の誰かと結ばれて幸せに暮らしている。彼の語る物語は、それで終幕を迎えた。
エルヴィラは少し悲しげに目を細めてから、労るように彼の手に自らの手を重ねた。
「正しいことだけで生きられればね」
エルヴィラはそう一人ごちた後、目前の男を見つめた。
誰もが過ちを犯さず、正しく幸せへ続く道をたどる事ができたなら。しかし、それは叶わぬ願いだろう。
「あなたが幸せにならなければ、その恋物語はめでたしとはならないの」
その言葉に、メビウスは少し沈黙した。そして、静かに唇を開く。
「全ての物語が幸せで終われるならば、どんなに良いだろう」
その言葉で泣きそうになった表情を切り替え、彼女は悪戯っぽく微笑む。
「私はとても欲張りだから、不幸せな結末なんて迎えさせないわ」
全ての物語が幸せに終ることはありえない。しかし、この物語の結末だけは悲劇にさせたりはしない。
わずかに身を乗り出し、口付けようとした彼女を軽く制して、メビウスは自ら口付けを彼女に贈る。
彼女は恥じらうように微笑むと、お上手ねと零した。
部屋の外、寒空の下では、深々と降積もる雪が、静寂で辺りを包みこんでいた。