■リヴァイアサン大祭『一献いかが?』
時刻は既に深夜。空は暗く、その寒さを増している。
ここはエルフヘイムのとある森の奥。
大きな岩場から立ち上る湯気が、その空とは対照的な温かさを辺りにかもし出している。
岩場の間から湧き出た濁り湯が、たっぷりとその岩の窪みに湯をたたえていたのだ。
いわゆる温泉である。
そこに浸かるは二つの人影。
ルーファスとキャトルであった。
「うーん、極楽極楽〜」
そう嬉しそうに言いながら、キャトルは空を見上げる。
空は抜けそうなほど真っ暗で、辺り一面に星空が輝いていた。そして、時折空を翔る流れ星が、まるで雪のように湯気の中に消えていく。
見る者を魅了する贅沢な空間がそこにはあった。
そんな景色の下、湯の中でルーファスの膝の上にちょこんと座っているキャトルは、二つのお猪口に酒を注ぐ。それを一つは自分が取り、もう一つをルーファスに手渡すと軽く合わせて、ぐっと飲み干した。
「湯に入りながら飲むお酒も格別だねぇ」
お酒による温かさと温泉の温かさ。二つの温かさが混ざり合い、ふわりとした良い心地が身体を支配する。
「星見酒とは、風情だな」
上機嫌な声でルーファスも、お猪口を傾ける。そして、今度は自分で注ぐと再びくいっと一杯飲み干した。
「いい夜だ」
「そうだねぇ。僕はこんな夜あんまり経験したことないよ」
「そうか。なら、来て正解だったな」
キャトルの言葉に満面の笑みを浮かべるルーファス。
キャトルはそのままそっとルーファスの胸に体重を預けると、彼の首元に顔を埋める。彼女の小さな背では、彼の膝上に座るとちょうどお互いの目線が合う高さになるのだ。
この程度の酒では酔わないキャトルだが、この状況には酔っているのかもしれない。
雰囲気に浸かる。そんな感じだろうか。
そんな風に思いながら、キャトルはそっと目を閉じる。
ルーファスもまた一献飲み干すと、周りの音を聞くかのようにゆっくりと目を閉じた。
もたれかかった身体。
ホルターネックの水着一枚の布ごしに伝わる、温泉とはまた違った温かさ。
肌の温もり。
静かな二人だけの時間。
聞こえるのは、温泉の水音と寝息だけ。
――寝息?
疑問に思ったキャトルが目をそっと開けると、視界に入ったのはだらしなく寝息を漏らし、こくりこくりと首を揺らしているルーファスの姿。
せっかくの雰囲気が台無しである。
「こ……!」
怒りの言葉と共にお湯をかけようとして、ふとキャトルのその手が止まった。
今なら、ルーファスにいたずらをやりたい放題ではないか。
そう思ってクスッと悪い微笑みを浮かべると、キャトルは上を向き少しだけ首を伸ばす。
触れ合う暖かい感触。
数秒後に、それは離れてなくなった。
「僕からのリヴィアサン大祭のプレゼント、だよ」