■リヴァイアサン大祭『祈念は祝福の天に、仄焔は此の胸に。』
静かに降り注ぐ粉雪と、穏やかに立ち上る湯気で白く染まった辺り一面を彩るのは、色とりどりの花吹雪。鮮やかな原色から、淡いパステルカラーまで豊富な色に満ちた風景はさながら絵具に彩られたカンバスを思わせる。リヴァイアサン大祭の日、イスラティルは弟子であるリィンティアを誘い、白雪の季節でありながら花弁の舞い散る不思議な土地を訪れていた。
年に一度の特別な日を彼女と過ごすことを決めたイスラティルは、かつて方々を駆け回る中で知ったこの地を選んだ。他でもない、花が好きな愛弟子の為に。
その甲斐あって、彼女はここへと辿り着いた時から満面の笑みだ。雪と花が共に舞い散る幻想的な光景の中、二人で足湯を楽しみながら交わす会話も自然と弾む。
「私たちが出会ってから、色々ありましたね――」
静かな声でリィンティアが呟く。師匠との出会いや、共に過ごした日々のことを、まるで昨日のことのように思い出しているのだろう。過去に思いを馳せる彼女の顔は、まるで遥か遠くを見つめるようだ。
同じく過去へと思いを馳せながらイスラティルは頷きで応える。鮮やかに蘇る思い出の中に懐かしい顔が浮かんだ彼は、傍らの愛弟子へと水を向けた。
「そういえば、あいつは今頃どうしてるか――」
共通の友人に関することへと話題が変わった後も、二人の会話は弾むばかりだ。幾度か話題が変わるも、二人の間に会話と笑顔が消えることはない。
「美味しいお菓子を教えてもらったんです。もしよかったら……今度、一緒に食べにいきませんか?」
傍らに座る師匠の瞳を見上げながら、リィンティアが持ちかける。彼女の頬がほのかに赤く染まっているのは温泉となった泉のせいだけではないだろう。
「そうだな」
微笑みと共に頷いたイスラティルは彼女の髪に乗った一枚の花弁に気付く。
「懐かしいな――」
呟く師匠に向けて今度は弟子が微笑みと共に頷き、思い出深い花の一枚が会話を一層弾ませる。
幾ばくかの会話の後、ふと会話が途切れた静寂と共に、二人はお互いが共に在れる喜びを噛みしめた。
交わされる言葉は無いが、まるで申し合わせたように、二人は自然とお互いの手を重ね合わせる。
リィンティアの手の暖かさを感じながら、穏やかなひと時を過ごすイスラティルの胸中を過るのは『愛し(いとし)、哀し(いとし)という心』と題された詩の一節。
その詩に詠いこまれた気持ち――かつては理解できなかったそれが、自分の中で急に現実感を伴って理解されていく。
いつか、傍らの少女の存在が自分にとって弟子以上の意味を持つ時が来るのかもしれない。
或いは、彼女にとって自分という存在が師匠以上の意味を持つ時も――。
(「それでも、今はこのまま、この気持ちを大事にゆっくりと歩いていこう」)
胸中で呟き、彼は自らの心に生まれた想いをそっと胸にしまいこんだ。
二人の関係がどんな形に落ち着こうとも、その未来が幸せであらんことを。