■リヴァイアサン大祭『氷の結晶に囲まれて』
リヴァイアサン大祭の一日だけ出現する氷の宮殿へ。クイールは誘われるままに来たが、その想像以上の美しさに感心していた。
氷の宮殿はダンスホールとして開放されており、照明の光を受けてうっすらと空色やベビーピンクや黄金色にきらきら輝いている。
綺麗な装飾の施された柱にそっと指を這わせれば、陶然と自分の世界に入り込みたくなる。
と、そこへクイールの名を呼ぶ者があった。
無粋な奴、と思いはしたものの、振り向けば見知った顔――礼装のレネが嬉しそうに笑っている。
「……あァ、やっぱりクイールのお嬢さんか」
「今日は半裸ではないのだな」
この氷の宮殿は不思議と寒くはないし、氷で出来ているというのに溶ける気配も無い。
だがレネも場所をわきまえてきたのだろう。
凄い所だと見て回っていたが、見覚えのある後姿に思わず声を掛けてしまったと、邪魔したことを詫びるレネだったが、その間もクイールのドレスに見とれていた。
「素敵じゃねェか、びっくりするくらい似合ってるぜェ?」
気取りもしない、真っ直ぐな賛辞がレネの口から出る。
クイールも、そう褒められれば悪い気はしない。
「なァ、折角来たんだ。よかったら一曲付き合ってくれねェか」
す、とレネは思いの外紳士的に片手を差し出して誘う。
クイールはその手に自身の手をのせ、応じた。
「いいだろう」
楽団の奏でる音楽と、レネに身を預けてクイールは踊った。
背をレネの手に支えられ、くるりとターンする度、クイールの長い髪が靡く。
たまには、こんな過ごし方も悪くない。
煌めく氷の宮殿のダンスホールで、ふたり。
ダンスホールでのひとときを楽しんでから、ふたりは休憩へとバルコニーに移動した。
手すりに身体を預け腕を組むクイールに、レネが思い出したように問う。
「お嬢さんはよ、硝子細工が好きってェのはよく伝わってくるんだが、例えば……人間の方はどうなんだ?」
確かに、硝子細工やこの氷の宮殿などは好きだ。
しかし、人間の方とは。
ゆるく首を傾げる仕草。
クイールに質問の意図が伝わらなかったらしいと悟るや、レネは軽く頭を掻いて言い直す。
「いや、無理にゃ答えなくていいんだが、つまりお嬢さんの好みが知りてェんだ」
そういうことか。
クイールは一瞬だけ眉をひそめ、それからゆっくり空を見上げ独り言のように答えた。
「好き嫌いで区別しない。だから、好みなどあるものか」
望んだ答えではなかったかもしれない。
だが、レネは笑った。
そういう考えは初めて聞いた、と。
「やっぱ違う考えに触れンのは楽しいなァ」
星霊リヴァイアサンが空を舞う一年に一度の夜は、こうして更けていった。