■リヴァイアサン大祭『二人だけの聖なる夜〜サキの場合〜』
――好きだから怖くて。愛しているから不安になる。リヴァイアサン大祭の夜。一組の男女が、泉のほとりで空を見上げていた。黒い夜空。星と雪が輝く、その夜を眺めながら。
男の表情も、女の表情も硬い。パートナーとしての絆を深める日だと言うのに、二人の様子からは、その姿からは、不安げな気持ちしか見えてこない。隣のパートナーの顔を見ることすら怖がるような、怯えの感情。
嫌いだから、ではない。むしろその逆。想っているからこそ触れぬ時がある。好意を抱いているからこそ見たくない時がある。
届かなかった時が、伝わらなかった時が、嫌われてしまった時が――脳裏を駆ける数多の未来が、恐怖を抱かせる。
異性だからこそ、その気持ちは大きい。年齢も違う。性別も違う。生き方も好みも、細かいところを挙げればキリがない。何をすれば正しいのか、何をするのが間違いなのか、他人の心を知る術なんて無いから――怖くて、堪らない。
「……」
女、サキは無言で隣に佇む男の顔を見やる。視線を少し向けただけの、暗がりを怖がる幼子のような仕草で。
見えた物は好きな男性の横顔。星空を眺めているその顔は、歴戦といっていい精悍なもので――同時に、寂しげな迷い人のような。
胸が高鳴る。その顔を見た瞬間に気付いた。恐怖しているのは、不安に思っているのは自分だけではないのだと。
隣に居る人もまた、自分と同じように、現在と未来を恐れている。
「……っ!」
考えて取った行動では無かった。サキは半ば衝動的に男の頬――ジョセフの頬に口付けしていた。
驚いたような顔を向けるジョセフ。先にあるものは、頬を紅潮させて、羞恥に耐えている一人の女性。
ジョセフが護りたいと思った、愛する人の姿。
「い、今のは……これからよろしくの意味だから!」
ジョセフは、照れたようにいうサキのその姿に、心が温かくなるのを感じていた。
サキの足取りはまだ不確か。信じて頼って愛して、全てを任せられる程に自分の中の不安を消すことができない。そしてそれはジョセフも同じ。彼には分かり辛い女心を前に、二の足を踏むことがある。
不安は消えない――けれど、それでも。
「待ちましょう。貴方が私を愛してくれるまで」
いつかの日を思い描いて、笑顔で応える。歩みは遅くても、踏み出すたびに恐怖していても。
ゆっくりでもいい、二人で先を進んで行こうと――。