■リヴァイアサン大祭『手のかかる子ほど可愛いと申しまして』
今日は、『リヴァイアサン大祭』――1年に1度だけ、『水の星霊リヴァイアサン』が、半実体化して空を飛ぶ。エルフヘイムには雪が降り、泉は温泉に変わり、小川には甘い蜜が流れる――特別な日。
そんなリヴァイアサン大祭日も、すでに深夜に近い時刻。
しんしんと降る雪の音以外、音も気配も途切れて久しい。
針のように枝をのばす森の木々も、1日降り続いた雪を纏って、夜闇の中、ほのかに白く輝いている。
冬の夜の寒さなど、忘れたように赤い瞳を輝かせ、シャルロットは夜空を舞う星霊に手をのばした。
その少し前。
重労働のアルバイトから帰ってきたイルハートは、疲れ果てた身体を投げ込むようにベッドへダイブし、気絶するように眠るコンボに突入する――はずだった。
ベッドに沈むイルハートを叩きおこしたのは妹のシャルロット。
「リヴァイアサンが一匹欲しい!」
バイトで疲労困憊のイルハートにそんな我侭を聞く余裕はなかった。
というよりも、空を飛ぶ星霊をペットにするなんて、そもそもが無理な話だ。
冷静に兄として妹の希望がいかなるものか諭そうとするイルハート。
だが……。
「むー、おにいちゃんのバカ!」
振り下ろされる斬鉄蹴。
真っ二つにされるベッド。
間一髪で逃げたイルハート。
説得ミッションはすでに失敗しているが、何とか妹を宥めなければ、次は壁に大穴があく。
無残な姿をさらすベッドを前に、顔で笑って心で焦るイルハートが、ふと思い出したのはバイト中に聞いたリヴァイアサン見物の穴場の話。
時刻は深夜。
今ならカップルもとっくに連れ込み宿にしけこんで居ないはず。
「わ、わかった。いいスポットがあるからそこに連れてってやるから、な。な?」
「本当? 適当なこといってたらどうなるかわかってるわよね?! がるるるるる……」
……わかっています、心から。
器用に服の下だけで冷や汗をかきながら、イルハートが宥めすかしておだてて連れて来たのが、針葉樹に囲まれた森の一角だった。
そこだけぽっかりと空間ができており、星が瞬く夜空が良く見える。勿論、雪と共に夜空を舞うリヴァイアサンも。
深夜ゆえに周囲に人影はない。
「お兄ちゃん、かたぐるまー!」
「へいへい」
イルハートの肩の上に乗り、リヴァイアサンを捕まえようとするシャルロット。
もちろんそれくらいで手が届くはずもないが、それでも体を伸ばす。
「おい角を掴むな、取れる!」
「だって届かないし!」
兄の焦った声など一向に気にせず、シャルロットは腕をのばし、体を動かすものだから、肩の上のシャルロットを落とさないようにイルハートは必死に踏ん張る。
なんだかんだで可愛い、大切な妹なのだ。
ちょっと我儘が過ぎてベッドを破壊されてしまったりもするけれど、今日は絆を再確認する日なのだから、こんな夜もいいはずだ。
そんなこんなはシャルロットが疲れて眠るまで続くのだった。