■リヴァイアサン大祭『外出支度 ― 特別な、でもありきたりな日常 ―』
リヴァイアサン大祭の季節は冬、当然のように外は寒い。そんな中、着物の上に羽織を羽織って、マフラーを大雑把に巻いた四十絡みの男が、通りを歩いていた。やがて一軒の家の前で立ち止まると、扉をノックする。しばらくすると扉が開かれた。「おう、用意できたかい?」
「ジローラモ……迎えに来てくれたんですか?」
この家の主アスワドは、僅かに目を見開いてジローラモを出迎える。彼も丁度、準備が終わったところだった。軽く最後の確認を終えていざ外へ、という所で、アスワドはジローラモのマフラーに気がついた。
「って、あんた……そんな適当にマフラー巻いてると、外出たら寒いですよ?」
少しだけ背伸びをして、ジローラモの首に巻かれたマフラーを、丁寧に直していく。
「ん、おう……すまん、ありがとうよ」
着物の袖に手を突っ込んだまま、面白そうにアスワドの様子を見ているジローラモ。強面の唇に、笑みが浮かぶ。
「さて、じゃあ行きましょうか」
満足な形に整えられないのか、アスワドは再び、ジローラモのマフラーを巻きなおしていく。不意に、緑色の光が、彼の耳元できらりと光った。ジローラモの指がアスワドの耳元に伸びる。太くごつごつした指の背で、アスワドの左耳の髪を梳いて、光の源を確認した。
「うん……? どうか、しましたか?」
いぶかしげに眉をひそめるアスワド。隠れていた髪の向こうには、アメジストの輝きが照らしていた。それは、ジローラモからアスワドに贈ったプレゼント。
「付けてくれたんかい?」
ジローラモの言葉で事態を把握したアスワド。
「え? あ……ああ、うん……ありがとうございます」
「あ……いや、最初はピアスとかも考えたんだけどよ。お前、穴開けてねぇだろ? つっても、その為に開けろってのもよ……でも、すげぇお前に似合いそうだったから……」
素直に礼を言うアスワドに対して、しどろもどろになってしまうジローラモ。照れくさいのだか、なんなのだか。そんな事をされると、アスワドのほうも照れくさくなって、つい。
「折角だから、と思って……イヤリングって、女性的なアクセサリーのイメージがあったんですけど、その……似合って、ます……か……?」
気になっていた事を、聞いてしまう。それに対しては、ジローラモは落ち着いたものだった。太く優しい笑みを浮かべて頷く。
「ん、やっぱりな、思った通りよく似合ってるぜ?」
「ん、なら良かった……大事にしますね?」
でもやっぱり少し、ジローラモも照れくさいようだった。アスワドも、釣られて笑みを浮かべる。そんな風に話をしている内に、ようやく満足いく形でマフラーを巻けたようだ。
「さ、出掛けましょう……? 今日という日は一日だけですし、ね?」
「おう、そうだな、出掛けるかい。今日はめいっぱい楽しもうぜ?」
そして、二人は連れ立って歩き出す。今日という日をくれた誰かと、お互いに、祈りを捧げて。