■リヴァイアサン大祭『少女の願い』
パートナーとの絆を確かめる祭り――リヴァイアサン大祭。その日、水の星霊が一番近くを舞うとされる、通称リヴァイアサンの丘には、夜にも関わらず多くの恋人達が訪れていた。
エルシドとナノカもまた、その一組だ。
丘に着くと同時に駆け出したのは、ナノカだった。
「わぁっ、すごい! 綺麗だよっ、エルシド!」
空が一望できる場所に立つと、彼女は恋人の名を呼ぶ。
「ああ、今行くって」
呼ばれたエルシドはと言えば、ぱたぱたと手を振る恋人に落ち着いた足取りで追いついた。
それでもナノカの興奮は冷めきれない様子。
「ね、リヴァイアサンって手振ったらこっちに来るかな?」
「どうだろうな、やってみたらどうだ?」
天真爛漫な恋人は見ていて飽く事がない。うーん、と頭を捻るナノカを見遣りながら、エルシドは普段その手を覆い隠している手袋を、何気ない動作で外套に仕舞い込んだ。
「ナノカ」
「うん?」
ナノカが振り返る直前、近づくエルシドが屈んだように見えた。
そして、ナノカの身体がふわり、と宙に浮いた。
「わっ!?」
急な事に慌てたナノカが伸ばした手は、何とかエルシドの首にしがみつくことに成功する。
見れば、持ち上げられた膝下を支えるのはエルシドの腕。そしてもう一方の腕が、ナノカの肩を優しく支えていた。
「え、あ、あれ?」
完全に抱き上げられたナノカは紅潮する頬をどうすることも出来ず、いつもより間近にある彼の顔に慌てふためく。
一方エルシドは事も無げな様子のまま、ナノカの顔を覗き込んだ。月に照らされたエルシドの瞳が、淡く煌めく。
「夢、なんだろ?」
告げられたその言葉の意味が一瞬わからず、ナノカは目を瞬く。しかし、やがて小さく息を呑んだ。
――お姫様抱っこは、女の子の夢なんだよ。
特別な関係になる前の、ナノカの何気ない一言。本当ならそんな些細な言葉のひとつは、朧気で儚く、人の記憶からは消えやすいものだろう。
けれど、エルシドは覚えていた。そしてパートナーとの絆を確かめるこの日に、こうしてあの時の願いを叶えてくれたのだ。
沸き上がる感情に、ナノカはゆっくりと破顔した。
「……エルシド、ありがとうっ」
願いを覚えていてくれたことも、叶えてくれたことも。エルシドの心遣いも、優しさも、その全てが嬉しい。こんなにも彼は自分を想ってくれているのだと、そう感じずにはいられない。ナノカははにかんだようにふんわりと笑って、朱に染まった頬を彼に寄せた。
幸福に溢れるその笑顔は、今目の前にいるその人にだけ向けられている。
だからこそ、腕の中の少女を見つめるエルシドも薄く笑みを浮かべた。
二人の絆が何処にあるのか、エルシドは理解している。
絆は、ここに。
こうして少女の願いは、叶えられた。
天上では変わらず水の星霊が星の海を舞っている。絆を確かめ――深めた二人の夜を、祝福するように。