■リヴァイアサン大祭『飛泉の湯、椿の君』
「ひゃう!? 突然何するのさーっ!」「ぶはは! 油断したな!」
カイトが温泉の湯を容赦なくソラに思い切り掛ける。
椿の木の下にある泉。リヴァイアサン大祭のこの日限定の温泉となったその泉に、2人は来ていた。
湯船に浮かんだ沢山の椿は、温泉を彩る模様のようにも思える。
「おー、綺麗な温泉だよな。椿とか浮かんでて風流だな」
話しかけるカイトにソラはツンをそっぽむく。
子どもっぽく突然お湯をかけてきたり、かと思えば、その視線は確実にソラの体を見ていたり……。
(「気付かないと思ったら大間違いなんだからね」)
目は口ほどに物を言う。どんな風に自分を見たのか、ソラも感じないわけではない。
小さなドット柄のワンピース型の水着を、隠すように抱えて口元まで湯に浸かる。
長い黒い髪が湯の中で揺れる。
「僕だって、まだまだこれからなんだから」
何度も自分の名前を呼ぶ声を聞きながら、湯気に隠れて小さな声で呟く。
「ソーラさん、ソラー、悪かったって」
カイトはソラの正面へ回り込む。その度にソラは顔を逸らし、聞こえない、いや聞かない振りをする。
そんな様子に、カイトはスネる様子も可愛いと思うのだが――このまま不機嫌なままにさせておくわけにはいかない。そう、スネた表情よりも可愛い表情がある事を知っているのだから。
カイトは湯船に浮かぶ1つの椿の花を掬い上げると、そっぽを向いたままのソラに話かけた。
「なあ、ソラ。ちょっと失礼」
身構えるソラの髪に、カイトの指がそっと触れる。女の子が触れるのとは違う、逞しい男の手にドキっとする。
「椿姫、出来上がり! 綺麗だぞ、似合ってる」
ソラの黒い髪に飾られた鮮やかな椿を眺め、カイトは笑った。
子どものようなその笑顔が、ソラにはくすぐったく思えてくる。
「カイト、ちょっとズルイ感じ」
俯き加減にちょっとだけ睨む。
「でも……」
カイトに釣られてソラの口元が緩んでいく。
「カイトのそんなトコ、僕は嫌いじゃないよ?」
ゆったりと流れる椿の温泉の中、椿姫はくすりと笑った。