■リヴァイアサン大祭『本当の空の下で』
リヴァイアサン大祭の日。街の一角で、クレハは遠目にクリフォードの姿を見つけた。
(「あれは……師匠?」)
見ると、クリフォードは複雑に入り組んだ都市国家の層を、一心不乱に上へと向かっている。クレハはその行き先が気になり、こっそりと後を追った。
クリフォードはスカイランナーだ。不安定な足場をものともせず、屋根を伝い、道を伝って器用に上へと昇っていく。一方のクレハはそうはいかない。クリフォードの姿を見失わないよう必死だ。
弟子のクレハが後をつけてくることに、クリフォードは気付いていた。しかし、懸命に自分を追う弟子を手助けはしない。必要以上に護ることも、教えることもしない。全ては自分の目で見、体で学べ。それがクリフォードの教えだからだ。
幾重にも積み上げられた都市を、クリフォードは軽々と登っていく。どこまでも高く、ただひたすらに高く―――。
不意に、クリフォードは足を止めた。ようやく追いついた弟子を振り返り、目を細める。
「こんなところまで来るとは思わなかった」
「し、師匠。どこへ……」
「ついてくるなとは言わん」
クレハの質問を遮り、クリフォードは踵を返した。
「……足元に気をつけろ」
そしてまた走り出す。クレハはその場で少し息を整え、歯を食いしばってその後を追った。
やがて、頭上に空が見えた。最上層まで来たのだ。
遮るものなくどこまでも広がる空に、クレハは目を奪われた。時刻は既に夕刻。沈みゆく太陽が、眼前に広がる都市国家を茜色に染めている。
(「本物の、空……」)
下層にいたのでは、決して見られない風景だ。
クリフォードは枝に紐を絡め、するすると木を登っていく。クレハは同じように木に登り、その隣に腰かけた。枝は思ったよりも高く、クレハは思わずクリフォードの腕にしがみついた。
「これは、俺のエンドブレイカーとしての原風景だ」
目の前の風景を見渡し、クリフォードがぽつりと言った。
「闇にいた俺が、生きる道を見つけるきっかけになった。この風景がなければ、今の俺はいない。だから、年に一度はそれを再確認する事にしている」
言葉以上に、その内容は重い。それを感じ取り、クレハは不安げに師を見上げる。
「……そんな大切な所に、私がついてきて良かったんでしょうか」
するとクリフォードは、フードからわずかに覗く目を細め、笑った。
「お前には話してもいい……なんとなく、そう思ってな」
ほっとしたように、クレハの表情が緩む。風がその黒髪をさらさらと揺らした。
太陽は徐々に輝きを失い、地平の下へと沈んでいく。呼応するように、空は茜色から蒼色へとその色を変えていく。
二人は長い間、その光景を見ていた。