■クロノス大祭『今日で全てが、崩れ去るとしても』
「んー、まだっすかねー」ちらちら、と時計を見つつ、アリスは白い息を吐いた。
時計の針はまだ、待ち合わせ時間を指しているわけではないが――この日を待ちわびていたアリスは、予定よりも早く着てしまっていたのだ。
(「いつもより、気合入れておめかししてきたっすけど……」)
冷たい風に、前髪が流れる。いつもの自分とは、少しだけ違う。珍しいことをしただけに、自分の容姿が気になって仕方がなかった。
「まだ、来ないっすよね……えへへ」
彼が来る前に、なるべく見栄えを良くしたい。前髪を手櫛で整えながら、アリスはチラリ、と遠くを見つめた。
「……? 何か、騒がしい?」
ガヤガヤ、と辺りが騒がしくなり始めた。一体何だろう。
「待たせたなアリスー!!」
――――キリクだった。
何やら、グランスティードで色々と弾き飛ばしながら豪快に走ってくる。絵面だけなら、白馬の王子様っぽく見えなくもない。
「…………」
しかし、そんな悠長な事を考えている余裕は無さそうだ。
思わず停止してしまった思考回路を強引に稼働させ、アリスは叫んだ。
「兄様! 兄様! なんか飛んじゃだめな系が吹っ飛んでるっすよ!?」
様々な破壊音が聴こえ、挙げ句の果てには悲鳴的なモノまで聴こえてくる。じっくりと見ていると――やはり、それらはグランスティードの餌食になって、空を舞っていた。
「待ち合わせを邪魔するほうが悪い!」
「そ……そんな問題じゃないっす!」
これは、よろしくない。キリクは親指を立てているが、多分、マズい状況だ。
そしてキリク本人も、それはよく理解していた。
「まあ……とりあえず逃げるぞ!」
グランスティードを走らせながら、キリクは強引にアリスを掴んだ。
「え!? あ、兄様あぁああぁ!?」
身体が思い切り浮かび上がってしまったアリスは、思わず悲鳴を上げる。それでも構わない、とでも言いたげに、キリクは、平然と笑って見せた。
「大丈夫だっての。落としたりしねーよ」
「……は、はいっす……」
気が付けばアリスは、すっぽりとキリクの腕の中に収まっていた。俗に言う、お姫様抱っこだ。その大勢のまま、ぽふぽふと頭を撫でてくれる。
「待たせたから頭まで冷えてんなー。ごめんな?」
「いや、大丈夫っす……どこ行くんっすか?」
そうアリスが聞くと、ピタリ、とキリクの動きが止まった。
「…………。さあ?」
「ええっ!?」
ははは、とキリクが楽しげに笑う。それを見ていると、アリスもただただ、楽しく思えてきた。2人なら、何でも大丈夫そうな気がしてきた。
「大丈夫だっての、冬の夜は長いんだ! このままどっか行こうぜ?」
「はいっす!」
冬の夜を駆け抜ける、グランスティード。2人を乗せて、風の如く駆けていく――冬の夜は、まだまだ始まったばかりだ。