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2人でクロノス大祭

獏・ヒューゴ
鬣犬・ギィ

■クロノス大祭『月の果てまで』

 積み上がった星霊建築の裏側、静かに沈められた地下の地に、人知れず存在する地下牢がある。遮断と繋囚を司っていたこの場所に、灯がわりのキャンドルに照らされる二人がいた。
 時折どこからか吹き込んでくる迷い風は、蝋燭の炎を揺らめかせ、ジグソーパズルを前にしたヒューゴの横顔に、複雑な陰影を彫り込む。ギィはそれを見つめたまま、口一つ挟まず、どこのものとも判らないピースを持て余す彼を見ていた。
 これは初めて触る物だろうか。一度も完成形を見たことの無い図柄に、ヒューゴは迷う。

 この一年も、多くの都市を回ってきた。その度にばらばらになってしまうパズルを、その度に一から作り直して、……そういったことを、これまでどれだけ繰り返して来ただろうか。
 ラッドシティに来てからも、ヒューゴとギィの二人が揃う余暇はそう多くはなく、今ここにあるのは、見たことのある出来損ないの景色だ。思い返しても正体の知れないピースを、ヒューゴはパズルの外に置いて、ふと、言葉が口から溢れ出す。
「今度は、……完成させられる、かな」
 こわい、と、心は言っていた。ヒューゴもそう思った。しかし、後悔した。
 口にする事と認める事とに、大きな違いは無い。そうして形を得た不安は、いつの間にかそこかしこの闇に伝わって広がって、見えないままに沈殿して、喉元までせり上がってくる。
 己にわだかまる切なさに耐え切れず、顔を伏せたヒューゴに、ギィの言葉が寄り掛かり、その頬を拾い上げた。
「大丈夫、いつかは出来るよ」
 青と赤の、裏表の筈の二色がやさしく同居するギィの表情は、変わらずにヒューゴへ視線を向けている。それを正面から受け、返して、その時にはもう、胸の中から濁った所が消えていたことを、彼は知った。

 パズルの上を飛び越えて、乗り出したギィの手がピースを拾う。今までどこにあったのか、それとも見逃していただけなのだろうか、それは、ヒューゴも良く知った銀色の、月の一片だ。
 どうしても完成させたいパズルだから、知った所から、確実に始めよう。悪戯っぽく笑うギィがピースをはめた所に、ヒューゴもまた、同じ色を添えた。
 二人の空に二人の月が昇る。次のピースをゆっくりと探して、偶然に見つけられた未来を、ここと確信できる場所に置くと、そのピースは月の傍らの星を描いていた。
 それは、先ほどうち捨てた未知のピースであったことに、ヒューゴもギィも気がついた。こんなに近くにあったのかと、二人して可笑しくてしょうがなくなってしまう。

 この地下牢に、彼方遠い街で更ける夜を伝えるものは訪れない。その喧騒も雪も、今夜限りという金の砂も、ここには届かない。
 それでも、まるで構わなかった。いつか危険が迫ってくるとしても、今のここは安寧の場所だから。過ぎる時にくじけることも、過ぎた時におびえることも、ここでは決して無いと言い切れるから。
 ここには自分たち以外、誰も居ないから。
イラストレーター名:山口コウ