■クロノス大祭『夜話』
クロノス大祭を終えた夜。……祭りは終わっても、余韻は残った。喧騒を逃れ、いつものスーツの上にダークグレーのコートを羽織ってサメクエルは隠れ家へと足を進める。
「よく来たな」
迎えるカガトの恰好にサメクエルは少しばかり目を見張った。
そんなサメクエルの様子に普段とは違う装いのカガトは「忍者は化けるんだぜ〜」といつものように片目を薄く開け、微かに笑う。
「ていうか、あれは仕事の時の服だからな」
サメクエルが積もる雪をコートから払うと、カガトからも払ってやった。
「落ち付いたときは気楽な格好もするさ」
カガトはワインやつまみを手際よく準備して、サメクエルに「適当に座れ」と声をかけた。ありがとう、と礼を言いつつサメクエルは続ける。
「いつもはマスカレイド退治やら闘技場やら血腥い事が多いが……たまの祭りくらいはゆっくりしたいものだな」
笑みを浮かべるサメクエルに「だな」とカガトは応じた。
「乾杯」
グラスを当て、二人だけの酒宴が始まる。カガトは、色々と気にかけてくれる寡黙な男……サメクエルと今日は色々と腹割って話そうと思っていた。
カガトは忍びを生業としながら組織から抜けて今はフリーで流してる。別に追われる身とかではない。
ほろ酔いに身を任せて話すカガトの口調は明るくて軽めだ。
だからといって、軽薄であるとかノリだけで嘘をついたりはしない。あくまでも仕事と自分の時間は別扱いで、自分で決めた事もまた別扱いだ。
手馴れた手つきで互いに酒を注いではあおった。弱いわけではないが、サメクエルは上機嫌でペースが速すぎたのか酔い始める。
そのうちカガトにもたれかかって話し始めた。
――総領息子という責任の堅苦しさを嫌って辺境の荘園を出奔し、エンドブレイカーらしく気ままな旅暮らしだったことを。
「でも……こんな風に落ち着いて誰かと過ごす時間も悪くないものだ」
……そう、思い出したと。
「――そうか」
カガトはもたれかかってくるサメクエルの肩を、大きな手のひらで労わるように軽く叩いた。
今まで誰かに話すことの無かった昔の思い出、最近の手柄。あるいは沈黙の中――暖炉で爆ぜる薪の音や降り積もる雪の音を肴にゆっくりと時間を過ごす。
互いのぬくもりを感じながら夜は更けていった。