■クロノス大祭『Vol de nuit』
「クロノス大祭の日なんだが、ちょっと付き合って欲しい事がある」窓も凍てつく寒い夜。ヒスイはキュリアを呼び出した。
何事だろうと思いながら、キュリアは用件も聞かずに頷く。ヒスイとお出かけとあれば、どこにだって行くつもりだったからだ。
返事を聞くや、ヒスイは体の二倍はあろうかと言う大きな袋を取り出し、こう断言する。
「コレを団員ひとりひとりに配りに行く」
ヒスイがビシッと断言すると、キュリアは手を叩いて喜んでいる。
「わ〜、素敵ですね〜」
二人はクロノス大祭の夜だというのに、意気揚々と飛び出していくのであった。
町を駆けるヒスイの顔は真剣そのもの。寒さで眉毛が凍っている。
野を駆け、山を越え、団員の家の窓をそっと開け、煙突を潜り抜け、屋根の上を渡り歩いてクロノス大祭の夜闇を切り裂く。
キュリアは良い事をしているのに、なんだか悪い事をしているような気分になっていた。
「なんだか〜どきどきして楽しいですね〜」
ヒスイの後ろで、キュリアが思わず笑みをこぼした。
しかし、キュリアのほっぺたが赤く染まり、息も白く吐き出されているのにヒスイは気が気ではない。
「……そこで降りて、温かい飲み物でも買おう」
ヒスイが言うと、振り向いた顔をキュリアが掴まえた。
「平気です〜。ヒスイさんの方が〜、頬が〜氷みたいです〜」
と、反対にヒスイは心配されてしまう。バツが悪くなったヒスイだが、
「……っくしゅん!」
そこにキュリアがくしゃみをしてしまう。
「……俺のジャケットで悪いが」
ヒスイはジャケットを脱いでキュリアに着せ付ける。
「だ、大丈夫ですよ〜。ヒスイさんが〜風邪を〜」
抵抗を試みるキュリアだが、ヒスイは問答無用でぐるぐる巻きにしてしまった。
「……ありがとう〜ございます〜」
街道の屋店で暖かいお茶を売っていた若者から離れると、雪がはらはら街灯もしんと静まっていた。ヒスイとキュリアしか街にはいないような静けさ。
「……今日はありがとう」
ヒスイがそっと口に出す。キュリアもこちらこそ〜と笑顔で返した。
「みんなに届けることができて、よかったです〜」
キュリアのその感想に、ヒスイは困ったように宙を見上げ、ぼそりと呟いた。
「……あと一つ残っている」
そしてポケットから小箱を取り出すと、キュリアの手にそっと乗せる。
「……これは、最後に渡さないとな」
キュリアは一瞬ぽかんとなってヒスイの顔を見つめた。それからすぐに、今日一番の笑みでヒスイへぎゅっと抱きついた。
「ありがとうございます〜!」
照れくさいヒスイは、キュリアをそのまま抱きかかえて立ち上がる。
「……よし、任務完了」
「わたしも〜任務完了です〜」
悪戯っぽく笑うキュリアにヒスイは気づかぬまま、再び屋根の上へと舞い上がった。
ヒスイのポケットにそっと入れられた膨らみに気づくのは、しばらく後のこととなるのでした。