■クロノス大祭『降り積もる雪、音、そして心』
雪化粧に彩られた森の中、人気の外れたところでグレンとノアは舞い降りる雪を眺め見ていた。天から降る、金色の砂と白い雪。
金と白が合間見合って作り出す幻想的な美しい光景に、二人して見惚れる。
ノアはその砂と星に手を伸ばすも、触れた瞬間にその美しさは消えてしまった。
「雪も砂もすぐに溶けてしまって掴めないね」
少し残念そうに砂と雪が触れた掌をぎゅっと握り、掴んだ一瞬の美しさを思い返す。
「……掴めないからこそ、良いのかもしれないね」
美しいものを留められないからこそ、今この景色に対して感動するのかもしれない。
そう思い、ノアはポツリと呟いた。
「掴めないから良い……か」
グレンにしてみれば、ノアの言葉はよく分からないものだった。
「こういう綺麗なものを見ると歌いたくなるね」
掴めないと分かっていても、その美しさに手を伸ばしてしまうノアは、ニコリとグレンに笑いかけた。
グレンの返事を待つまでもない。
ノアの整った唇から、景色に負けない、美しい歌声がつむぎ出された。
綺麗なものを見るたびに心が揺れて涙が出そうになる。しかし、それを言葉に表すことができない。
その代わりが、ノアにとっての歌だった。
それでも涙が出るのは、この世界に愛しさを感じているからだろうか。
綺麗な景色や愛しい世界への想いを歌声に乗せてノアが歌っていると、ふと視線がグレンに移った。
その姿を見てハッと気づき、彼にわからないように、彼だけへの微笑みを見せる。
綺麗なものや愛しいものを見ると泣き出しそうになるというなら、綺麗で愛しいグレンを前にしているからこそ、心が揺れて泣きそうになるんだ、と。
歌うノアを見ていたグレンは、自然と口元を綻ばせていた。
揺れる金の髪が空から降る金の砂と交わってきらきらと輝く。
それを見ていると、髪に触れたくなりそっと手を伸ばしていた。
しかし、直前でそれをやめる。
目の前の光景はまるで一枚の絵画、触れるのも憚れるほど美しい。
このまま触れてしまえば、この雪のように消えてしまいそうだと思い、伸ばした手を引いたのだ。
掴めないから良い。先ほどのノアの言葉、その意味が少し理解できたような気になった。
「お前が消えてしまったら、俺も消えてしまうからな」
ノアには聞こえないように呟く。
ノアが世界から消えたら、自分の存在も消えるのだろう。グレンにとっては、それ程大きな存在。
それを口に出して言うと、ノアは怒るだろう。それが分かっているだけに、小さな呟きでしか想いを伝えられなかった。
ノアの口から、音が消えていく。
歌い終えた彼に、グレンはそっと手を差し出した。
ノアは天使のようににこりと微笑み、そのグレンの手に導かれるように抱きつく。
そんな彼にグレンも強く抱きしめ返した。
まるで存在を確かめるように。空から降る金と白の光に包まれながら、二人は熱い抱擁を交わした。