■クロノス大祭『今はまだ恋人ごっこのままで…。』
クロノス大祭でのダンスパーティを終えたクリスフォードとミラトはダンス会場から抜け出して広場の隅で休憩している。『もしもずっと傍にいてほしい人と出逢えたなら、彼の掌に口紅で小さなハートを書くの。もう、他の誰とも踊れないように』
ミラトとクリスフォードの二人が、『恋人ごっこ』で参加したダンスパーティではそうするらしい。
ミラトは可愛い弟、クリスフォードの手をとって、それを実行した。
だって、クリスフォードを独り占めしたいから。他の誰とも踊ってほしくなかったから。
「楽しかったねぇ」
のんびりした口調で、ミラトはクリスフォードの腕を抱き寄せたままそう言った。
クリスフォードが「そう? よかった」と応じるとミラトは「ふふっ」と嬉しそうに笑う。
――今だけの『恋人ごっこ』のせいなのか。
恋人気分になったから、こんなにも独り占めしたいと思うのか。
まだミラトは自分の気持ちがわからない。ただ、クリスフォードを手放したくないと思う。
ミラトはクリスフォードに頬ずりするように身を寄せた。
頬ずりするようなミラトをクリスフォードはそっと盗み見た。
クリスフォードは、ミラトに一日だけ『恋人ごっこ』でクロノス大祭に誘われた。
今日一日ずっと……ダンスパーティの時もずっと、恋人としてミラトの傍に居た。クリスフォードは、お祭りをいつも以上に楽しんではしゃいでいるミラトの姿を見れれば、それだけで満足だった。
――でも今は、そのミラトがクリスフォードの腕を抱き寄せて離さないでいる。……いて、くれてる。
「クリス?」
赤い瞳が、クリスフォードを見つめる。
ドキリとした。盗み見る自分に気付かれたのだろうか、と。
ずっと腕を離さないミラトに、正直クリスフォードは凄く、戸惑っていた。大好きなミラトがすぐ傍に居る、それだけでどきどきが止まらなかった。
今もまだ、止まらないままで。
(「姉さんはとても大切な人。……それは、昔から想っている」)
それはずっと変わらない、大切な気持ち。
――でも、いざ目の前で行動として示されると言葉が出ない。出そうと思っていた言葉も出かかっては消えていく。
(「自分の気持ちを伝えられないのが辛い……」)
「……――」
なんでもない、とそれすらも声にならない。
目を伏せるクリスフォードを見つめながら、ミラトは首を傾げた。