■クロノス大祭『満ちゆく想い、欠け往く理性。』
リィンティアは落ち込んでいた。先のクロノスメイズの戦いで、イスラティルが傷付いたことについてである。
自分がすぐ近くに居たのに、護れなかった。今日は祭りの日だとはいえ、すぐに何もかも忘れて楽しむような気分にはなれない。
しょんぼりと肩を落とすリィンティアの手を引いて、イスラティルは構わず歩を進めている。どこに連れていかれるかなんて知らなかったし、連れられていることにも気付いていなかったかもしれない。
イスラティルが傷を負った瞬間のことで、リィンティアは頭がいっぱいだった。あの怒りとも焦りとも悲しみといえないような気持ちが鮮やかに蘇って、いてもたってもいられなくなる。
どうしようもない思いで顔を伏せた時、頭上から声が降ってきた。
「リィン、ご覧」
イスラティルの声だ。リィンティアが、しょげたままの顔を上げる。その萎れていた瞼は、大きく見開かれた。
眼の前に広がっていたのは、見たこともない光景だった。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園。視界一面を埋め尽くす色に、花の甘い匂いがここまで漂ってくる。既に辺りは暗い筈なのに、花は柔らかく光を放って足元から二人を照らしていた。
「ここは……?」
驚いてイスラティルを見上げる。微笑んでリィンティアを見下ろす表情が見えた。
「……君にはどれ程護られているか、計り知れない程だ。そんなに落ち込まないでくれ、心強かったぞ?」
その言葉に、やっとイスラティルが自分を励まそうとしてくれていると分かった。リィンティアが彼を心配するのと同じくらい、リィンティアも、彼に心配させてしまっていたのだ。
その気持ちが嬉しくて、先程までの辛い気持ちが薄れていく。花の中に座るイスラティルに手を引かれて、一緒に座った。それでも、リィンティアは目を伏せて、
「でも、私、イスラさんがいなくなっちゃうんじゃないかって、怖くて……」
座ったままイスラティルと向かい合う。膝の上に座らせられながら、声を零した。
「己の全ては君の物だ、必ずや君の元に辿り着くと誓おう」
リィンティアの背中を抱き寄せながら、イスラティルが囁く。その言葉に、やっとリィンティアは安堵の表情を浮かべた。良かった。イスラさんは、ちゃんと私の傍に居てくれる。こんなに傍に……。
「……えっ?」
気が付いたらイスラティルの腕の中だった。息が耳に掛かる程の距離。いつの間にこんなことになったのかリィンティアは思い出そうとしたが無理だった。だってこんなに顔が近い。イスラティルの鮮やかな手際は今日も冴え渡っていた。
頬を染めてあわあわしているリィンティアの唇を、イスラティルが塞ぐ。
「……ふ、そうだ。一生懸命に応えていると、酸欠になってしまうぞ?」
夜の庭園に、掠れた声が響く。クロノス大祭の夜は、まだ明けそうになかった。