■クロノス大祭『Un valzer del ghiaccio.』
黄昏色の砂と、白い粉雪が降る。凍った湖を見下ろして、時計塔が歌っている。
歌が終わるまで、手を離してはいけない。
弦楽の音色が響き渡る中、セシルはノイズの手をきゅっと握りしめていた。
氷の上で踊るなんて初めてだから、ノイズが転ばないようにちゃんと手を繋いであげないといけない。
「わ、私は大丈夫、です。滑って転んだりなんてしま……」
やる気を込めてノイズに訴え掛ける声が早速途切れた。氷上の足場が覚束なくて、早速足が滑る。
「わわっ」
よろめいた体は、当然手を繋ぐノイズに支えを求めた。反射的にぎゅうとしがみついてしまう。
そんなセシルの小さな体を抱きとめて、言ってるそばからバランスを崩してしまう彼女を面白い、と思ってしまう程度の余裕はノイズにはあった。
(「……悪い気はしないしな」)
歌が終わるまでとは言うけれど、終わった後だって滑っていたいと思った。ノイズの為に強がってみせるセシルは可愛い。口には、出さないけれど。
「ノイズと出会って、たくさん宝物が出来ました」
結局ノイズに掴まる形になったまま、氷の上を滑り続けていたセシルが不意に手元へ視線を落とす。クロノス祭で貰ったブレスレットが、揺れる度に光を弾いた。そっと目を細める。
「だーいすき、です。また来年も、その先も、ずっと仲良く一緒に過ごせますように」
そのあまりにも素直な言葉に、ノイズが少しだけ目を丸くする。
先にそんなことを言われたら、言い返すようで自分から言えない。
頼りなくしがみついてくるセシルに先を越されたようで、少し悔しかった。
セシルの指が、支えを欲しがるように背中を掴み直す。困ったような視線が見上げてくる。仕草に応えるように、ノイズから抱きしめた。言葉を返せない代わりに、氷上で踊りながら額にそっとキスを落とす。
けどまぁ、今日くらいは。
バランスを崩さないようにゆっくりと、セシルの耳へ口元を寄せる。
「好きだ」
その声はとても近かったから、時計塔の歌にも掻き消されない。
歌声に繋がれなくても、お互いの手だって握れるから。