■クロノス大祭『恋人(未満)達のひととき』
クロノス大祭のこの日、右を向いても左を向いても、どこもかしこも人で大変賑わっていた。そんなことは言うまでも無いのだが、シュプリムントの手を引くアルドゥインの心内では、人の波に揉まれてあたふたとしていた。
「ほら、アルドゥイン! あっち見に行こう!」
そんなアルドゥインの疲れも知らず、シュプリムントは手を引いた。
『クロノス大祭の夜、恋人同士が手を繋いで歩き回る』こんなに素晴らしく嬉しいことなのに、本来の目的である『はぐれないように』と言う意味合いの方が、アルドゥインには強く感じられ始めていた。
「分かった分かった、そんなに焦るな」
口では冷静にしているつもりでも、こんなに目の前にいるはずなのに人混みに幾度も遮られて、内心の動揺は酷いものであった。
「ほら! このキーホルダーすごく可愛い!」
シュプリムントは上手に人混みを掻き分けて、道に並ぶ店のショーウィンドウへと到達する。
手の長さ分遅れて到着したアルドゥインだが、それは何キロも、幾日も遅れて到着したような疲労を感じていた。
「シュプリムント! 少しは落ち着けって……」
焦りが出て、やけっぱちな怒りが口走ったアルドゥイン。思わず目の前のシュプリムントへ小言を言いそうになった。しかし、それは途中で止まる。シュプリムントが指差すウィンドウの先には、二つのキーホルダーが寄り添い、ペアになっているキーホルダーだったからだ。そして、そこにはアルドゥインとシュプリムントの名前が刻まれている。
「……へへ。実は頼んでおいたんだ」
と、ショーウィンドウの横には、お店からクロノス大祭を祝うメッセージと、二人を祝福する言葉の最後は『末永くお幸せに』と締められていたのだ。
「ずっと、仲良くしてね」
シュプリムントは立ち尽くすアルドゥインを見上げて、繋いでいた手をたどって、アルドゥインの腕にそっと抱きついた。
その体温に、先ほどまでとはまた別の動揺をするアルドゥイン。しかし、その心の向かう先は全く反対の方向だった。
「ああ、ずっとな」
そう答えると、降り続いていた雪が、ごうっと風に巻き上げられ、一時的に吹雪いた。アルドゥインはシュプリムントの肩を抱き寄せると、身に着けていたマフラーを、シュプリムントと一緒に首に巻きつけた。
二人の距離が縮まり、ぴったりと肩を合わせるとお互いの温もりを感じた。それは本当に愛おしい時間で、二人はこのわずかな間にたくさんの想いを巡らせていた。それはまだ形は違えど、二人の未来について考えていることは同じであった。
キーホルダーを受け取ると、二人は再び人混みに混じって歩き始めた。そこからは寄り添って、同じ歩幅で歩き始めた。そして距離が離れることはなかったようだ。