■クロノス大祭『硝子の夜』
「こんばんは、ブランク。今日は会えて嬉しい」待ち合わせの時計塔。マティは約束の時刻より少し早くついたのだが、ブランクは彼よりも先に来ていたらしい。待ちぼうけを気にもしない彼にマティが会釈をすると、ブランクも挨拶を返して、その首に巻いた白無垢の毛皮をこちらの肩に掛けてきた。
「ちょうどいいタイミングだね。そろそろ次の曲が始まるよ」
と、ブランクは頭上の時計を眺める。その視線をマティが追うと、まずは正時を告げる鐘の音が、おごそかに講堂を震わせた。
耳に残る余韻が消えないうちに、飾りに見えた時計の部品群が立ち上がり始める。うつむく花のように見えていたものが、下から押し上げる軸に背筋を伸ばし、人の形という正体を表した。
「ご覧、マティ。彼らの得意曲の時間だよ」
「わあ……」
マティの吐息は白く、その輝く瞳が見つめる先で、時計は金属の合奏を始めた。
かたりかたりと、歯車の刻む正確なベースラインにあわせ、時計仕掛けの人形達がターンを繰り返す。青や黄色や桃色の、透き通る色硝子で作られた踊り子は、誰が結び付けたのか、きらびやかな金糸を首に飾っていた。
二人ともがその様子を見て、人形達に思いを馳せる。彼らに込められた願いは、確かにこの場所で形を成し、見る者に暖かな思いを伝えていくのだから。
「同じ時、同じ場所に居て、同じ鼓動を生きてる……幸せだ。な、クー」
マティは言った。彼の言う幸せの形は、ブランクの心に生まれていたものと一致し、重なり合ってそこに強固な絆をなす。返答としてブランクは、ああ、とため息にのせて感動をあらわにした。
「あ、ブランク、天井だ! 動いてる……のか?」
マティの指差す先で、時計塔のとんがり屋根が花のごとくに開き始める。それは、この特別な夜に降る贈り物を迎え入れられるようにする為の、大掛かりな仕掛けだ。
「うん、この尖塔は、時折ああやって開くんだ」
その間も機械の奏でる輪舞曲が、踊り手達の示す指先に乗り、金糸の細やかなきらめきが起こす流れに導かれ、クロノス大祭の夜へと響き渡っていく。その空において、音は形のある輝き……白い雪と金の砂とに出会い、混じり合いながら、更に印象深く、見るもの聞くものたちを深く魅了した。
隣人の息吹まで聞こえてきそうな静寂の中、ブランクの肩に、けして手元に残らない砂が落ちてきて、――思わず、マティの手を探り出し掴んでしまう。ブランクの突然の行動に、マティはその力を優しく握り返して、おどけたような笑顔で答えた。
「はは、手、冷たい」
「あ、……うん、これからは気をつけるよ」
……ああ、心配はいらなかったらしい。ブランクの胸中に温かな何かが広がっていく。
「さて、そろそろ曲も終わるね、マティ。よければこの後は……星空を、見たいな」
ブランクの提案は、マティにとって断る理由のないものだ。二人は、講堂から尖塔へと続く、星光射す階段をゆっくりと登り始めた。