■クロノス大祭『おやすみの前に。』
祭りの夜。日は暮れたが、まだまだ祭りがもたらす光は、夜の闇を白く塗りかえしている。外から響いてくるのは、祭りを楽しむ者たちの喧噪。まだまだ宵の口、騒ぎ足りないとばかりに、にぎやかな様相を示している。
が、ノイズの居る部屋は、それとは正反対なくらいに静かで、薄暗い。
それもそのはず、光源は窓からの外の光だけ。そしてここは寝室で、今日一日たっぷりと祭りを楽しんだ彼女は、眠りに就こうとしていたのだ。
……いや、もうしばらくは眠れないだろう。なぜなら目前には、一人の男性が居るからだ。
ラス。御伽衆・ラス。
寝床の上で、半身を起こしている彼のすぐ目の前で……ノイズはのしかかるようにして向き合い、追いすがるかのように、彼の首に手を回している。
互いの顔が、間近で見つめ合っている。互いの吐息が、すぐにわかるくらいに接近している。
ラスは何も言わずに、ノイズを見つめ返していた。その視線を受け止めると、ノイズはいつも実感してしまう。……自分の頬が、熱を帯びるのを。
おそらくそれは、ラスもまた同じなのだろう。平静を装っているようでも、彼の顔を見ていると分かるからだ……自分と同じように、紅潮しているのを。
いつからだろう。夜に休む時、互いにおやすみの口づけをかわすようになったのは。
自分と彼とが互いに好き合うようになってから、どちらからともなく始め……そして、恒例になりつつある。
いつも行っている事、別段特別な事ではない。互いに想っているのだから、愛情表現としてはごく普通の事。
なのに……。
なのに今はどうして、こんなに胸の鼓動が高鳴るのか。
今夜が特別、と言うわけでもないだろうに。今が特別、と言うわけじゃないのに。
互いの視線が、絡み合うようにして交差する。いや、「視線を逸らさずにいられない」のではない。「視線を逸らせずにいられない」のだ。
二人とも、言葉が出てこない。ただでさえノイズは、普段から饒舌とは言い難い……いや、表情すら乏しく、淡白にすら見られている。ましてや、こんな時に言葉を出せるわけがない。
けれど、言葉が出なくとも……態度で意思を表すことはできる。頬を紅潮させつつ……自分の唇を、ゆっくりとラスへ近づけていった。
実際には、ほんのわずかの時間だったろう。
しかし、実感したのは長い、長い時間。
やがて、目を閉じ……ラスの唇の感触が、ノイズの唇から感じ取れた。
頬の紅潮が、止まらない。次第に鼓動が早くなり、頭の中に何かが満たされてくる。……胸の奥から湧いてくる、せつない気持ちが。そして、たまらなく愛しい気持ちが。
とさっ。
抱きしめあう男女の影が、寝床に崩れ落ちた。
外からは、クロノス祭の喧噪が、なおも響いていた