■クロノス大祭『君に届くようにと』
からん、からん、と遠くで鐘の鳴る音が聞こえて、コーラルは顔を上げる。「……もうこんな時間」
夕刻に差し掛かろうという頃。窓から届く光は、徐々に淡く優しい色合いへと変化して。
窓の向こうに降る雪と金砂、そして手元の荷物に、自然と軽く、ため息が零れる。
祭の日に部屋の掃除だなんて。
(「それも、僕の部屋の」)
せめて祭の日くらい、のんびりして欲しいのに。
「まあ……レギルのことだから、全然気にもしてないんだろうけど」
それにしても、申し訳なさが募る。レギルが家に来てくれると、大祭の日に傍にいてくれると、そう思うだけでも嬉しいと思う気持ちは胸に、確かにあるのだけれど。
せめてもの労いにと、温かい飲み物を用意して、レギルの元へ向かう。
「……わ」
思わず声が零れる。フローリングの床にころり、転がる見慣れた姿。
「寝て、る?」
静かにそうっと扉を開けて、適当な場所に湯気立つカップをとりあえず置いて。
音を立てないように彼──レギリアスを覗き込めば、普段の様子からは想像もつかないくらい無防備で、どこか幼いような気さえする、寝顔。
彼の周りには、まだいくつもの本が積まれ残っていて、途中で疲れてしまったのだろうと簡単に推測できた。
小さく燻ぶっていた申し訳なさが一気に質量を増して、コーラルはおろおろと視線をさまよわせる。
彼が目覚めたら、なんと言おう?
せっかくの、祭の日だったのに。
少し悩んだ挙句、「……うん」決めたコーラルはレギリアスの傍に静かに座って、起こさないように優しく丁寧に、彼の頭を自らの腿へと載せた。
「っしょっと。これで、いいかな?」
おそらくこれが、今、コーラルにできる最善の選択だと思う。硬い床にそのまま寝るよりは、良いだろう。
膝枕。きっとレギリアスが目を覚ましたら、びっくりするだろう。
そんな姿を想像して、思わずくすりと笑みが零れる。
ああ、ねえ、君の色んな顔を見られるなんて、やっぱり今日は特別な日なのかもしれない。
思いながら、彼の髪を梳く。くすぐったかったのか、それともなにか良い夢でも見ているのか。彼が、へにゃりと嬉しそうに相好を崩した。その顔にまた、コーラルも自然と笑みを浮かべて。
「次は、何処か出かけよう? 君の知らないところでも、知ってるところでも。絶対、楽しいから」
手伝わせてごめんね。せっかく眠っているのを、起こしてしまったらごめんね。
言えることは、たくさんあるけれど。
言いたいことは、やっぱり、これひとつ。
──でも、ありがとう。大好きだよ。