■クロノス大祭『金の空』
「……ふうっ」息を切らしつつ、ニーナは巨大な歯車を登っていた。スカイランナーたちがひょいひょい登る様子を横目に見ていると、それがうらやましいと感じてしまう。
なぜなら、登るのが大変だからだ。いや、すごく大変と、ニーナは思い直した。
それでも、少しづつ確実に、自分を上へ上へと引っ張り上げるようにして登っていく。そのたびに、地上からどんどん離れ、夜空にどんどん近づいていく。
「お先にやってるわよー」
先に昇っていたラヴェンダーは、すでに腰を落ち着かせて、持ってきたウイスキーをグラスに注いでいる。
琥珀色の液体を口にしている横で、ニーナはようやく最上部に、当初の目的地へと到達した。
「……はあっ、はあっ、はあっ……大変、でしたー」
荒く呼吸するたび、彼女の口から白い息が出てくる。わざわざこんな疲れる事をするなら、地上に居れば良かった……と、ニーナは思った。
そもそも、なんでこんな場所にいるかと言うと。先刻にラヴェンダーと会話し、とある提案されたため。
クロノス大祭で、みんなと大騒ぎ。しかし、一杯騒いだから少し疲れた。
なら、ゆっくり景色を眺めてのんびりしよう。どこがいい?
結論:空に近い、歯車を目指そう。
かくして、それを実行。遠慮する他の友人たちを地上に残し、彼らに見守られつつニーナは登攀し……。
今二人は、町を眼下に一望する高所に腰を落ち着かせ、夜空を見上げていた。
ニーナは、湯気の出る暖かなミルクを飲みつつ、ラヴェンダーとともに眼下に広がる町と夜空に目を向け、目前の絶景に感嘆していた。
「しっかし……不思議な街よね。紫煙に、金の砂」
ウイスキーのグラスを脇に置き、ラヴェンダーがそう言うのをニーナは聞いた。
彼女の言うとおり、ニーナもまた感じていた。夜空の印象が、他の場所とは異なると。
普通思いつく夜空と言えば、『黒』の空の中に小さく、しかし無数の『星』がちりばめられ、瞬いているもの。
しかしここでは、大量の金色の光が星の光と交じり合い、夜空一杯に広がっている。例えるなら、黒いビロードの布を広げ、それを覆い隠すほどの砂金を撒いたような光景だろうか。
「変わっているとは思わない?」
「ええ。でも……」
ミルクをもう一口飲み、体を温める。そして、ニーナは夜空を仰いだ。
「でも……綺麗ですね」
ニーナの視線の先には、金色に輝く夜空……いや、金の空が、一杯に広がっていた。
地上に居たらできなかっただろう。……この金色を、感じ取るなど。
大きく、どこまでも広がっているように大きく広がる金の空。その金色の光は華美ではなく、どこか優しく、安らぎを与えてくれる。
「……やっぱり」
「ん?」
「やっぱり、登って良かったです」
疲労感が消えたと、ニーナは気づいた。
もう少し、この空を見ていたいな。冷たい夜の空気を吸い込みつつ、ニーナは視界いっぱいに広がる金の夜空を受け止め続けた。