■クロノス大祭『帰り道 繋いだその手は……』
大祭の喧噪も穏やかに、黄金の空も陰り始めた頃だった。リアンとベルファは、時計塔から下る坂道を、ずっと手を繋いで帰っていた。
「……ねぇ、ベルファさん、今夜はその……どうしたの?」
リアンは戸惑いながら、手を引くベルファの背中に尋ねる。
「なに、恋人の要望に応えるのは男の義務だろ?」
振り返ったベルファは、満面の笑みだった。
その笑顔が眩しくて、リアンは思わず目を反らす。
「よ、要望!? 私そんな事言ってな……」
と口を尖らせる段になって、あ、と気づく。リアンは気恥ずかしさに顔を伏せた。
思い出されるのは、きらきらと愉快な楽隊人形が音楽を奏で、大祭が一番盛り上がった、あの時間。
「……これからも、私の手をしっかり握っていてね」
金色と雪の白が混じった幻想的な空間に包まれて、ぽろりと零れた言葉だった。
伝えたつもりは無く、ベルファの手を握っている内に自分でも忘れていたくらいだ。
(「……ひ、ひょっとして聞こえていたのかしら?」)
心が動揺し始めると、リアンは何も言えなくなって、心臓がどきどきと強く打つのを、ただ感じるだけになってしまう。
そうしている内に、ベルファが再び笑顔で振り返った。
「リアンはあんまり自分のして欲しい事口に出さないから、嬉しかったんだぜ?」
再びの笑顔に、リアンはいつも以上の高鳴りを感じずにはいられなかった。
「べ、別にして欲しいって訳じゃ、」
口について出るのはいつもの強がり。でも、もう顔が赤くなるのを止められない。
「……別に嫌じゃないけれど……」
口ごもりながらそう続ける。
「嫌じゃないなら問題ないだろ?」
ベルファは満面の笑みで、改めてリアンの手を強く握った。
「……そ、そうだけど、その、気恥ずかしいし……」
ベルファの体温を感じて、リアンはベルファの顔を見られなくなってしまうのだった。
「大丈夫大丈夫。少しづつでも進んでいかないと、いつまで経っても足踏みだぜ?」
ベルファは、時計塔から下っていく人並みをかき分け、しっかりとリアンの道を作っていた。リアンはそんなベルファの背中を、いつものように、そしていつも以上に心強く感じていた。
「そ、それはそうだけど……でもベルファさん、私を見てたまに楽しんでる気が……」
そしてまた、強がりを言ってしまう。しまった、と思って、不安そうにベルファを見ると、ベルファはいつも通りに振り返って、いたずらっぽく笑い、
「おや、ばれたか」
と素っ気なく答えるのだった。
「……ベルファさん?」
リアンは、赤らめていた顔からすっと血が落ちていくのを感じ、握っていた手にギッと爪を立てる。
「痛い痛い」
ベルファはからから笑い声をあげ、リアンはぷりぷり文句を言い、そうしながらも、二人は最後までずっと手を離すことなく、クロノス大祭を後にするのでした。