■リヴァイアサン大祭2012『ある祭りの末の一幕』
ちゃぷり、と。冷えた身体をゆっくりと湯につければ、僅かにぴりりと痺れるような刺激のあと、じわじわとまるで氷が融けるような感覚に包まれる。
ほう、とひとつ息つけば、すぐ傍で彼が──オニキスがふわと微笑んで、ミニュイも屈託のない笑みを返す。
あっと言う間の、1日だった。
年に1度の、リヴァイアサン大祭。
賑やかな通りでの催しに笑い合い、美味しいものにふたり舌鼓を打って。
そうしてめいっぱい堪能したあとがこの、露天の家族風呂。
温泉が好きで、月を見上げることを好む彼のためにミニュイが用意した、感謝の気持ち。
穏やかな表情で風景に見入るオニキスの横顔が、嬉しそうに見えるのはきっと、欲目の所為だけではない。
そしてもちろん、それだけではなく。
「ささっ、オニキスさん。月見で露天風呂と言えば、これですよね〜。ぐいっとどうぞ〜」
差し出すのは、祭りの途中で購入したお酒。
「ええ、それではありがたく頂戴しましょう」
──いつでも落ち着いていて、穏やかなあなたを、驚かせてみたくて。
お酌の折、さりげない仕種で胸を彼の逞しい腕にきゅっと押し付けてみるけれど。
「ああ、美味しいですね。ミニュイさんもどうぞ」
にこり。
「──ありがとうございます〜」
(「……もう〜」)
イニシアチブはいつだって、大人な彼の方。
ミニュイはほんの少し悔しい気持ちと、でもそんな彼だからこそ、こうして傍に居たい気持ちにくすっと笑うと、金色の瞳を風景へと転じた。
白い雪と、夜空の星。白い吐息と、植わった寒椿まで全部、静やかに美しい。
「本当、この日は夜空も凄く綺麗で、ロマンティックですね〜」
「はは、確かに夜空も綺麗ですが」
ぱしゃり、水音。
ミニュイが、え、と思うよりも早く、肩を引き寄せられて、より体温を、彼の存在を、感じる。
「それ以上に、私の隣に咲く華の方が素敵ですよ」
近付いた耳に零された、不意打ち。
「──っ!」
思わず真っ赤に頬を染めたミニュイに、変わらず彼は優しい笑みをたたえたままで。
なにも言えなくて、上目遣いに睨めてみたミニュイに、オニキスは宵空色の瞳にほんの少しの悪戯っ気を灯して、杯を差し出した。
「いやぁ、あっと言う間の1日でしたね。ミニュイさん、付き合っていただいて、ありがとうございます」
「……あらあら、もう〜……それは、此方の台詞ですよ〜。凄く、楽しかったです〜」
イニシアチブはいつだって、大人でズルイ、彼の方。
悔しいけれど、嬉しいそのひと時が、どうしようもなく、心地よくて。
合わせた杯が、ちりんと小さく音を立てた。