■リヴァイアサン大祭2012『蒼贈』
『ゴメン』は、時に狡い言葉。免罪符みたいには使えなくて――だからあの夜、閉じ込めた。
「こんのー…………ていっ!」
クロービスは冷えた冷たい手でエルシェの首筋にぴたり、と触れた。
「……っ!!!」
その冷たさに驚いたエルシェは首筋を押さえて、ばっと一瞬で数歩分の距離を取る。
「……ゴメン」
エルシェの予想通りの反応に、「ふふ」と声を零したクロービスは困ったように笑った。
「ゴメンで済んだら城砦騎士さんお役御免になるよっ」
いつものおふざけみたいに言い返すエルシェだが、首筋は守るように手で押さえ続けている。
「……本当だ。ゴメンは狡い言葉。だから、こうでもしなきゃあ積もりっ放しになる」
もう一度「ゴメン」と自嘲の滲む苦笑をして、横髪で揺れる髪飾り――寒桜咲く夜明けに、お守りと渡された、蒼の欠片に触れた。
クロービスは静かに目を閉じ、想いを巡らす。
(「向けられた想いが有り難かった。けれど今、お守りをくれてしまった君を守るものが無くなってしまったんじゃ?」)
クロービスはポケットに手を突っ込み、何かを握った拳をエルシェの胸にトン、と押し付ける。
「ほんと、だよ。でも、積もらせるのも、良くない、とおも……ん?」
クロービスの常ならぬ表情の変化に、少し困惑気味の笑顔を作ったエルシェは、胸に当てられた拳に視線を落とした。
「なに?」
条件反射的に拳の下に手を構えるエルシェに、開かれたクロービスの瞳に悪戯めいた光が浮かぶ。
シャラリ――。
金具の音と共に、エルシェの手に乗せられたのは、白金色の鈍い輝きを放つ十字架のペンダント。
「――お守りのお礼で、お守り。これ、着けてるから、その間預けとく」
クロービスは「良い?」と聞きつつも、軽く笑って押し付けた。
「……え?」
エルシェは、手の中の白金色の輝きに目を見張り、驚いたように顔を上げてクロービスを見る。いつもの笑顔に戻っていることに安心して、
「……ん、わかった。預かった」
恐る恐る、白金色の十字架を握りこんだ。
(「何よりも長く自分と時を共にしてきたそのペンダントが、少しでも君の何かに成ってくれれば良い……」)
クロービスが、そんな閉じ込めた言葉たちと、答えを明かすのは、きっともう少し先のこと――。