■リヴァイアサン大祭2012『チルチル・ミチル』
――いつの事だっただろうか、『それ』に気付いたのは。溜まり場の大樹の下、リベルは座り込み、考える。思い出す。
ある時、彼は「自分の目が本当の青空を映す事はない」と知った。
それ以来、彼の周りに雨が降る。冷たく暗く、青空を、希望をもその分厚い雲で覆い隠す、黒い雨。
けれど。
「シェスカ」
さくり、さくり。リベルへと向かう、足音ひとつ。
待ち人が――シェスカが、そこにいた。その手には鈍い金色を宿した何かが握られて。
シェスカが、ここにリベルを呼んだのだ。『数日前』の答えを返す為に。
ある日、リベルはシェスカに連れられギガンティアへと向かった事がある。その時に、ある『お礼』を貰った。
それは、指輪だった。「他意はないわよ」と、シェスカの口から紡がれたその言葉で、リベルは指輪に意味があるものと知った。
リベルは、人づてに職人を頼り、昔拾ったエメラルドを託した。そしてそれは指輪となって、数日前、シェスカの下へと届けられた。
「他意はあるよ」――雨の中、その言葉と共に。
それから、シェスカはずっと考えていたのだ。
彼の申し出は、予期こそしていなかったものの、嬉しかった。けれどその時、不安がシェスカの中をよぎった。
過去に、シェスカの身に降り掛かった事件。その整理を、彼女はまだ着けていない。それが心残りで、だから。
「今は貴方のお願いを全部は聞けない」
そう――『今』は。
今はまだ、全てには応えられそうもない。
けれど、少しだけなら。自分への言い訳になるのかも知れないけれど、リベルの気持ちそのものは、本当に嬉しかったから。
「いつかは、ちゃんと全部叶えてあげる。約束するわ」
「……!」
「貴方が持っていて。……私はそこへ帰るから、絶対に」
言って、リベルへと手渡したのは、その手に握り締めていた、金の鍵。今はもう廃墟と化している、自分の屋敷の鍵。
それを託す。『いつか』の約束を、果たす為の決意と共に。数日前に贈られた、エメラルドの指輪をはめた、その左手で。
「ありがとう、シェスカ」
リベルの、喜色を滲ませた言葉と共に、シェスカに訪れる、強く身を引き寄せられる感覚。
シェスカの言葉が、嬉しくて。リベルは、彼女を抱き締めていた。
託された鍵がどういうものなのかを、リベルは知らない。けれどこれは約束の証。何より、彼は鍵というものが好きだった。
それは未知の扉を開ける鍵。彼が希い、焦がれていた青空へ、幸せへと続くと信じて扉を開ける為の。
シェスカの傍にいたい。傍にいて、守れるなら。きっと俺の雨は止む。それが俺の幸せだから。
雨上がりの澄んだ晴れ空の青が、幸せを探すふたりを温かく包み込んでいた。