■リヴァイアサン大祭2012『Snowdropの夜』
「ほんとーに、きれーっすねー」窓の外を見上げ、ヒビキが呟く。
降り続く白銀の雪を、彼女はずっと見詰めていても見飽きないようだ。その口調はいつもよりどこか柔らかくあたたかい。
今日は、ヒビキとクレーエ、二人が恋人になってはじめてのリヴァイアサン大祭だ。二人は屋敷の一室で静かな夜を過ごしていた。
「寒くない?」
平気、と振り返ろうとしたヒビキの前に、クレーエがカップを差し出した。温かな飲み物がふわふわと湯気を立てている。
「……えへへ、ありがとっす」
「うん。どういたしまして」
にこ、と微笑んで頷くと、クレーエもまたヒビキの隣に座って窓の外を見上げた。
真っ黒な夜空から、星が降るように白い雪が舞い降りる。永遠に降り続くそれは、まるで二人の間に静かに募っていく想いのようだ。何も言葉にしなくても、こんなにもあたたかい。
遠くで、パチと暖炉の薪が爆ぜる音が聞こえた。
「……昔ね、こんな話を聞いたんだ」
どれくらい二人でそうしていただろう、ふいにクレーエが口を開いた。
遠い昔を思い出すようなクレーエの眼差し。続きを促すようにその深緑の瞳をヒビキが見詰めた。クレーエは、かつて聞いた御伽噺を語り出す。
かつて、世界の始まりの時。
その夫婦もはじめての冬を迎えていた。その寒さは厳しく、世界は闇に閉ざされ全ての温もりは遠ざかった。
不安に囚われながらも、二人はぴったりと寄り添い互いを暖め、励ましあう。だが、ついに冬の厳しさの前に嘆きの涙がこぼれようとしていた。
そんな時、空から白いものが降ってきた。
二人を見守っていた星霊が、雪を降らせたのだ。そしてその雪は夫婦の手元で一輪の小さな白い花となった。
星霊が雪より創りだした可憐な花に慰められ、二人は無事に春を迎えた。そして、その白い花はやがてスノードロップ、『希望』の花と呼ばれるようになった。
「希望の……花っすか……」
大切そうにクレーエの言葉を繰り返して、ヒビキは再び窓の外の雪を見上げる。コト、と手にしていたカップを置いて、クレーエが立ち上がった。
「どーしたっすか?」
「なんでもないよ。そのまま……ヒビキさんはじっとしていて」
クレーエは首を傾げるヒビキの背後に回り、彼女の肩に手を置いた。そして、その豊かな髪をそっとかき分け、彼女の華奢な首にチョーカーを掛けた。白い花、スノードロップの飾りがヒビキの胸元に輝く。
「お話の中の夫婦はスノードロップに励まされたけど、自分は……」
クレーエから贈られた胸元の花を大事そうに押さえて、ヒビキがクレーエを見上げる。花よりも可憐で雪よりも暖かなその笑顔に、クレーエも自然と胸が温かくなってくる。
「自分は、ヒビキさんがいてくれれば、それが自分の希望になる──いつもありがとう」
微笑みを交わすと、二人はそれまでよりもまた一歩近くなった距離で、再び雪の降る夜空を見上げるのでした。白い希望の花の降り続く夜を……。