■リヴァイアサン大祭2012『ハニートラップ(笑)』
寝起きを思わせる様子のルファは一人、ハニーバザールへと足を踏み入れた。「とりあえず、ここで休もうかしら」
適当に料理をつまみつつ、ぼんやりと歩を進める。……と、唐突にその足が止まった。
突然、血が騒いだのだ。彼女の中にある『胸板フェチ』という名の血が。
一度大きく息を吸って、吐く。
「……この空気、なかなかの雄っぱいがいると見た……!」
ハチミツの甘い香りの中にありながらも表現し難い何かを感じ取ったらしいルファは、素早く辺りを見回した。そして発見する。
「あれは……!」
様々に並ぶハチミツ料理、甘く香るハチミツのお菓子。甘党でハチミツ好きなダグラスは、ハニーバザールを黙々と堪能していた。ぱっと見その顔は仏頂面だが、雰囲気が何処と無く楽しげだ。
彼は今文字通り、幸せを噛みしめていた。
「……っ!!」
そんな中、ダグラスは不意に不穏な気配に気付いた。
後方から狙うような鋭さのそれ。殺気こそ無いものの楽しげな周囲とは一線を画す違和感に、すぐさま目を向ける。
……すぐ背後、物陰からこちらを覗くルファがいた。
(「うおっ! ……と、ああ、ルファか」)
ハチミツに夢中になりすぎるあまり彼女の接近に気付けなかったようだ。自分自身に対してダグラスは内心で舌打ちした。
驚きはしたが、彼女は一応旅団での顔なじみである。何故か見つからぬようにしていたっぽい様子ではあったが、構わず彼は声をかけた。
「よう、あんたも来てたのか、ルファ」
その時だ。ルファの中のスイッチがONになったのは。
「お、これは雄っぱいさん! ご機嫌麗しゅう……」
変換を間違えたかのような単語が音になってダグラスの耳へと到達した。
(「……あれ、何か妙じゃねこいつ?」)
「何隠れてんだ? 用があるなら声かけてくりゃいいじゃねぇか」
「正面からなんてそんな、淑女は慎ましく背後から。ふふふ……」
「言っている事わけ分かん無ェし、つか何か怖ぇぞ、おい……」
何だろう、ルファの目つきや言動が怪しい。と言うか、目つきが狩人のそれだ。
(「ん、狩人?」)
確かに彼女は狩猟者だが。では何を狩ろうというのだろうか、こんな賑やかな所で。
得体の知れぬ恐怖と身の危険を感じたダグラスは一歩後退った。
しかし声をかけられた時点でスイッチの入っていたルファは止まらない。標的の逃亡を察し、そうはさせまいと一歩踏み出す。
一歩後退。
一歩前進。
「……」
「……」
かくして、追いかけっこは始まった。
怯え逃げる三十路の甘党と、追いかける胸板フェチの狩猟者という組み合わせの二人が、その後どうなったのか。
空から見下ろしていたリヴァイアサンだけが知っている……かもしれない。