■リヴァイアサン大祭2012『私の大切な方になって頂けますか?』『はい』
星霊リヴァイアサンが空に姿を見せる日だけ現れるものがある。甘露が流れる小川に囲まれたそこは、一日だけ、氷で出来た木々が連なる森となるのだ。
凜然とした氷樹の森の中で、二つの影が寄り添うようにあった。
――まだ信じられない心地だ。
ニョロが小さく吐息を零すと、唇から生まれた白い息は氷雪の世界に溶け込むように消えていく。
この神秘的な光景を隣で見ているイリアとは、つい先程、想いを伝え合って恋人になったぱかりだ。
嬉しい、はずなのに。
『友達』という仲だった所為だろうか。気持ちを確かめ合ったのに、『恋人』になった実感が、あまりない。
嬉しいのは確かなのに。
何故だろう、相思相愛のひとが隣に居るのに、実感出来ない――それが、とても寂しい。
「どうかしましたか?」
不意に掛けられた声音には、憂慮が含まれていた。
言葉を返す前に、イリアの手がニョロの頬へと伸びて、まなじりを労わるように優しく撫でる。
それでようやく、ニョロは自分が泣いていたことに気付いた。
「えっとね、なんか……」
心配を掛けたくなくて、無理矢理にでも笑顔を作って見せる。
大丈夫、声は震えていない。いつもの自分らしく、明るく言わないと。
「幸せすぎて、かなっ」
でも、上手く笑えている自信はない。きっと変な顔をしているのだろう。
イリアの青藍な瞳が彼女を捉えて離さない。
深々と降る雪は、緩やかな風が吹くと舞うように落ちていく。
そんな僅かな時間のことなのに、彼から向けられた視線が痛い。
他に何かを言おうとしても言葉が浮かばず、ニョロは思わず俯きかける。
けれどイリアは涙を拭った指を一瞬だけ離すと、直ぐに頬を包むように当ててそれを許さなかった。
彼の顔がゆっくりと近付いてくると知ったニョロは、小さく身体を震わせてしまう。
……何を言われるんだろう。
何かおかしいことをしてしまった? けれどまさか、いきなり別れ話になったりなんてしないよね?
どうしよう――。
一抹の不安が、どんどん大きくなっていく。
――だから、最初、何が起きたのかよく分からなかったのかもしれない。
それはきっと、一瞬のこと。
柔らかな感触が、唇にそっと触れた。
あたたかなぬくもりは、大切な人が残した確かな証。
目を瞬いて顔を上げると、彼はいつもと同じ優しい眼差しで微笑んでいた。
そのあたたかさが、心の奥まで届いていくようで。
もう一度唇を重ねるときには、さっきまで抱いていた小さな悩みは、もう何処にもなかった。
今はこんなにも幸せでいっぱいだから――。
また溢れてくる涙を、今は拭わないでいた。