■リヴァイアサン大祭2013『宵の熱病』
リヴァイアサン大祭。その夜を見下ろすその場所、エルフヘイムの巨木に建立されている、巨大な建造物。下層の街灯を眼下に見下ろすバルコニーにて、アンブローズは……その様子を眺めていた。
正装に身を固め、傍らに立つ美女……ヴィオラを、後ろから軽く抱き寄せる。
眼下に広がる、美しい街の灯り。アンブローズの手の中にある女性は……それにも劣らぬ美しさ。
紳士らしく、その手をうやうやしく取って……口づける。
それをヴィオラは、微笑みつつ受けていた。
はたから見ると、正装した紳士と淑女が、愛を語らっているかのように見える。おそらく、誰が見てもそう思う。
しかし……注意深き者が見たら、その印象は覆されるだろう。二人が漂わせている雰囲気は、恋する者同士が醸し出すそれではない。漂っているのは、平穏とは異なるそれ。戦いの前に、己の殺気と殺気とを静かにぶつけ合わせているような、そんな剣呑とした空気が流れている。
その空気にたがわず、美女を手にする喜びは、アンブローズの中には無かった。
それは、おそらくヴィオラも同様。舞う雪の中、アンブローズの愛撫を受けつつも……彼女から漂ってくる雰囲気は、恋する者が出すそれではない。
「……美しい、夜景だな」
アンブローズの言葉に、ヴィオラは静かにうなずき、答えた。
「ええ、とても……綺麗だこと」
そう、美しい夜景。綺麗な夜景。
そして、その夜景とともに見るヴィオラは、とても魅力的。……恋人としてのそれではない、愛情の対象としての魅力ではない。『男女間の愛情』などと、簡単にくくられ理解されるような、底の浅い『魅力』などではない。
あえて言うならば、『格好の良さ』としての魅力だろうか。
剣士が、非常に優れた機能と意匠の剣を手にした時に感じ取る『魅力』。
学者や知恵者が、貴重な知識や知恵を目の当たりにした時に感じる『魅力』。
強者が、好敵手を得た時に覚える、胸が高鳴るような『魅力』。
そんな『奇妙な感情』を、アンブローズは覚えているのだ……ヴィオラには。
『敵』ではない。敵対しているわけではない。
しかし、一緒に居て安心できるといった『恋人』では断じてない。愛を語るような相手でもない。
そしておそらく、ヴィオラも同じような感情を抱いているだろう……と、アンブローズはどことなく悟っていた。
「……寒く、なってきたわね」
「そろそろ、中に入るか?」
ヴィオラの肩を抱きつつ、アンブローズは彼女を室内へとエスコートする。
『恋人』でも、『恋する相手』でもない。だが……『大事な存在』。
二人は、室内へと入っていく。
雪が、二人の立っていた場所へと積もり始めた。