■リヴァイアサン大祭2013『貴方とタンゴを』
退屈している。ミュゼッタ……愛しきエルフが、物足りなさそうな顔をしているのに……フェルネスは気づいた。
年に一度の、リヴァイアサン大祭。
そして、ここ『氷のダンスホール』は、この日にだけ出現する氷の宮殿。
ここに恋人たちは、集っていた。
流れる音楽は、流麗なるワルツ。美しき調べがダンスホール内に響き渡り、皆はそれに合わせ、ゆったりした社交ダンスを踊っている。
「……雰囲気はありますけど、盛り上がりが欲しいですわね」
ひとしきり踊った後、ミュゼッタがそうつぶやくのを、フェルネスは聞いた。
フェルネスにとって、彼女は大切な女性。そんな女性を退屈させるなど、紳士にあるまじき事。
「……少し、待っててもらえるかな。ミュゼッタ」
優雅にお辞儀をし……フェルネスはミュゼッタの元から下がった。
「? フェルネス?」
ちょうど良い……退屈している彼女に、少しばかり驚いて頂こう。はたして、この趣向は気に入ってもらえるかな。
そして、ワルツの演奏が終わり、しばし。
流れるは、テンポの良いタンゴ。その旋律がホール内へと放たれると、多くの恋人たちが戸惑いを現した。
それは、ミュゼッタも同じ。
「……いかがしました? お嬢様」
そんな彼女の後ろから、フェルネスは……悪戯っぽく笑みを浮かべ、不意を突き現れる。ラベンダー色の目を見開き……ミュゼッタは、こちらを見返してきた。
「これは?」
「少しばかり、音の彩りに変化が欲しくなってね。楽団にちょっとお願いしたんだよ」
そう、フェルネスはちょっとした悪戯をしかけた。パートナーが退屈しているから、タンゴを演奏してほしいと、楽団に依頼してみたのだ。
この悪戯に、楽団は乗ってくれた。さっきから単調なワルツばかりで、演奏する側としてもちょっと退屈してきたのだ。
「……一緒に、踊って貰えるかい?」
驚いた顔のミュゼッタだが……フェルネスの申し出を、微笑みと共に了承した。
華麗なるステップに、カッ……という音がホール内に響く。優雅さよりも、情熱……氷をも解かすような情熱的なステップ。それをフェルネスは踏み続け、ミュゼッタとともに踊り続ける。
二人を彩るは、劇団が奏でるタンゴのメロディ。
そして、このタンゴを踊っているのは……自分たち二人だけだという事に、フェルネスは気が付いた。
他の者たちは、遠巻きに二人を見ている。ダンスホールの中央を占有したフェルネスとミュゼッタは、皆の視線と注目とを浴びながら、タンゴを踊り続ける。
迎えた、曲の最後の一小節。互いの顔を近づけ、見つめ合い……最後の旋律が流れ、演奏が終わった。
その瞬間。
フェルネスは、奪った。ミュゼッタの唇を。
曲が終わり、拍手が鳴り響く。それに沸く会場の中心には……頬を真っ赤に染めた、ミュゼッタの姿。
そして、
「……これで少しは、盛り上がったかな?」
屈託の無い笑いを浮かべた、フェルネスの姿があった。