■リヴァイアサン大祭2013『風の辿り着く場所』
大祭のその日、街は賑わっていて人通りはいつも以上に多い。そんな中、飛ぶように跳ねるように街を駆け抜ける少年、イクサの姿があった。
早足では足りなくて、いつしか駆け足になっていた。
会えないのが恋しくて、切なくて。
(「早く、早く会いたい」)
心の中で何度も何度も繰り返し叫ぶのは、彼女の名前。
人混みをかき分けてその姿を探す。彼女がいる場所はわかっているはずなのに、どうしても焦りがこみ上げてくる。
そうして人垣の隙間に体を滑りこませたイクサの瞳に、蜂蜜より甘い黄金色、一際輝く星が目に入った。
「ルゥル!」
風が、駆けた。
ルゥルは一人、街角に立っていた。
降りしきる雪、そして悠然と空を舞う星霊リヴァイアサン。それらをぼんやりと交互に見やっていた彼女は、小さく息を吐いた。そこへ、
「……イクサくん?」
俯いていたルゥルは、弾けるように顔を上げた。
不意に聞こえた気がしたのだ。大好きで、大切な人の声が。
人混みの中を目で探しても姿は見えないのに。気のせい、そう思った瞬間。
「――ルゥル!」
風が吹いた。
飛び込んできた風がルゥルの頬を凪ぐ。それに声を上げる前に、唇に温もりが触れ、ルゥルは強く抱きすくめられた。
「やっと、会えた……」
僅かに離れた唇から風――イクサが零した小さな呟きは、彼女の耳に届いただろうか。
ルゥルがびっくりしたのも仕方がないこと。突然のことに体が固まってしまう。
けれど硬直した思考の代わりに彼の香りに包まれて。背中に回された腕が、熱があたたかい。そう思ったら跳ねた鼓動も落ち着いてきた。
(「あ……イクサくんの匂いだー」)
――太陽みたい。いつもはそう思っていたイクサが今日はまるで、風のよう。
でも、冷たい風なんかじゃない。雪の中だけど夏の風のような、あったかくて力強い、風。自分だけの風に包まれて、ルゥルはそっと目を閉じる。
そんな中、彼女の温もりとは別に、凍てつく外気の冷たさにイクサの思考は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
今、自分は何を。
「っ……」
気付き、慌てて飛び退くと同時に、イクサは自分の行動の大胆さに顔が熱くなるのを感じた。
頭の中はルゥルのことでいっぱいだったのだろう。紅潮した頬はそのままに、イクサはルゥルの瞳をそっと覗き見た。
けれど、彼女はにっこりと笑っていて、イクサは目を瞬かせる。
「待ってたよ。大好き」
いつだって、ずっとあなたを待ってるから。
大丈夫なんだよ。
たった一つのルゥルの言葉とその笑顔に、イクサの心が解れていく。そして恥ずかしさなんて一瞬で吹き飛ばしてくれた笑顔を、イクサは躊躇うことなくぎゅっと抱きしめた。
「俺も……俺も、ルゥルのこと、すげー、すき!」
……今日を、こうして一緒に過ごせることに感謝だね。
ルゥルはもう一度、大切で大好きな人に笑顔を向けた。
そうしたら、きっと彼も笑ってくれるから。