■リヴァイアサン大祭2014『現揺々夜の姫君、夢揺蕩う眠り姫』
「ふう……」熱い湯が気持ちいい。
ここは、普段は泉。しかし、今日だけは違う。
リヴァイアサン大祭の日だけは、泉は温泉になるという。そのため、彼女……ルミティアは、秘湯と化した泉に入っていた。普段は誰も知らない泉だが、この日ばかりは温泉となる。
ルミティア……機巧を愛する十歳の少女はその湯船につかり、ぼんやりと空を、天かけるリヴァイアサンを見つめていた。誰にも邪魔されず、こうやってのんびりできるのは、まさに至高のひと時。
誰にも?
一緒に時間を過ごす、大事な存在を、ついぞ忘れてしまっていた。
アリシア。
デモニスタの少女にして、ルミティアの可愛い恋人。
『眠り姫』の異名を賜っているが、その異名通り、彼女はよく眠る。自分よりも二歳だけ年上だが、それゆえか……まるで姉妹。
「……ふふ♪」
アリシアの様子を見て、ルミティアの口から笑みがこぼれた。
アリシアはルミティアの横に寄り添い、彼女の肩に頭を乗せ、そのまま眠っていたのだ。ぽかんと口を開き、よだれが垂れているのが見える。
きっと、ごちそうを心行くまで味わっている夢でも見ているのだろう。
実際には、アリシアは食事にはそれほどこだわらない。
「……夢の中で、贅沢してるから、なのかしら?」
夢の反動が、食事に頓着しない普段のアリシアにしたのかと思うと、ルミティアは再び笑みがこぼれる。
肩に感じるアリシアの重みを、ルミティアはしばらく感じ取り続けていた。
「……あ」
鼻先に、冷たい感触が。雪だ。
空からは、白い雪が降り始めていた。その一片が、ルミティアの鼻に降り立ったのだ。
そういえば……と、ルミティアは気づいた。
ごちそうといえば、リヴァイアサン大祭のこの日。
この日だけは、泉は温泉に、そして……小川は甘い蜜になるという。
では、この雪は? 粉砂糖のように、優しい甘さになるのだろうか。
「……あーん」
ルミティアは思い立ち、その口を開いた。雪が自分の口の中に舞い降り、受け止めようと思ったのだ。
舌に広がるのは、優しい甘さか、それとも冷たさか。それがわかるのは、もう少し先だろう。
「ルミティア……」
口の中に、雪が入り込もうとしたとき。
「ルミティア……すき……」
アリシアが、寝言で……そんな言葉をつぶやいた。
雪の味は、わからなかった。でも……その代わりに、愛しい味が、切ない味が、ルミティアの胸の中に広がった。
「私も……好き……」
心の中で、静かに呟く。
二人の裸の少女は、心地よい湯に包まれながら、静寂に包まれながら、リヴァイアサンの星空の下で寄り添う。
二人へと、雪はしんしんと降り続けた。