■リヴァイアサン大祭2014『誰よりも大切なあなたへ』
何事にも『初めて』はある。今宵のリヴァイアサン大祭もそう。シュクルにとっても、彼の恋人・ファラーシャにとっても、付き合って初めての大祭。
すっかり時間は過ぎ、空を仰ぐとそこには星が。
いつしか、2人は人気の少ない通りを歩いていた。聞こえてくるのは、遠くから響く音楽。
レンガ通りには人気が無く、そこはまるで、宴の後の舞踏会場のよう。
「……ね、踊りましょうか?」
ファラーシャの誘いを受け、マフラーを首に巻いたシュクルは、うやうやしく彼女の手を取った。
「大丈夫、簡単ですよ」
ファラーシャにそっと身を寄せられ、足の運びを示されながら、シュクルは拙くステップを踏んだ。
ファラーシャ。シュクルにとって大事な人、大切な人。
そんな彼女の手を取り、腰に手をやり、シュクルは彼女の足を踏んだりしないようにと、おっかなびっくりステップを。
「ね? 簡単でしょう?」
そう言って、ファラーシャは見上げてくる。
その肌は、豊穣の大地を思わせるような褐色。髪は、柔らかそうな桃色。そして、海の色彩をそのまま色づけしたような、澄んだ青い瞳。
愛しい彼女の顔が、こんなにすぐ近くに。
「あ……」
吐息すら、感じられる。それに気づくと……ファラーシャはその頬を染めた。
それに気づき、薄く笑って見せるシュクル。
「姫君、油断大敵……ですよ」
「……きゃっ!」
シュクルは不意にファラーシャを持ち上げ、抱き上げた。
「もう、シュクルさんったら!」
口を尖らせ、「意外に悪戯っ子ですよね」と怒ってみせるが、すぐに頬を緩ませ、笑顔に。
その表情も、たまらなく魅力的。彼女はまるで、海原のよう。
微風の漣のような優しい表情、凪の水面のような穏やかな表情、岸辺に寄せては返す小波のような活動的な表情。
その全てが愛おしい。優しい蒼の海原のように、そんなファラーシャの色んな表情を、見てみたい。
少しでも、近くで。
「……くしゅんっ」
「冷えてしまいましたね」
小さなくしゃみで途切れた、二人きりの夢時間。けど……。
「あっ……」
指輪をはめたファラーシャの手を取り、シュクルは己の頬へと重ねた。
「……あったかい。シュクルさんは、寒くない?」
自分の体温が、ファラーシャの冷えた手を暖める。自分の愛しい気持ちが、彼女の手を暖めていくかのよう。
「私は、頂いたマフラーがあるから大丈夫」
貴女のおかげで、温かいです。身体も、心も。……言葉にせず、心でそう付け加える。
「……マフラー、つけてきて嬉しいです」
ファラーシャの微笑みが、シュクルをさらに暖める。
「その……指輪も……ありがとうございます」
そして、小さくつぶやいたファラーシャの言葉に……今度はシュクルが照れ笑い。
(「わたしの、騎士さま」)
ファラーシャが、声でなく、心でそう言うのを、シュクルは確かに聞いた。
リヴァイアサンが舞うこの日。ここにもまた、小さな奇跡が起こっていた。