■リヴァイアサン大祭2014『寄る辺』
静かなとある宿の一室。布が硬い金属に擦れる僅かな物音しかしない。「ねー、お腹すかないー?」
その静かな空間に退屈そうな男の声が響く。
ベッドに寝転がって寛いだフェイが口を開いたのだ。
「そうだな」
投げかけられた問いに短い返答が返る。
ベッドに腰掛けているセシリオは、フェイを振り返ることなく、じっと手元から視線を動かさず、ナイフの手入れをしていた。
「……」
自分を見向きもしない生返事にフェイの頬が膨らみ、つまらなそうに唇が尖る。
のそのそと起き上がると、セシリオの背に寄りかかるように背中合わせに座った。わざと体重をかけて。それでも、セシリオの視線は手元から動かない。
今度は緩く波打つセシリオの髪を、ちょいちょいと引っ張ってみる。それでもセシリオは慣れているらしく、まったく気にする事なく手元に集中していた。
むぅ、と更に唇を尖らせたフェイは、動かない背中に頭を押し付けて、ぐいぐいっと力を加えた。
「……」
ふと、セシリオはナイフを鞘に収める。手入れが終わったらしい。
今度こそ構ってもらえるとフェイの瞳が輝いた。しかし、
――パラ……パラ……。
近くにあった本を開いて、また集中し始めてしまったのである。
(「これは長くなるなぁ……」)
すっかり諦めてしまったフェイは、窓の外を眺めた。
夜ではあるが、祭りの喧騒で賑わい、楽しそうな空気が伝わる。静かに降り続く雪は世界を白く染め上げ、道行く恋人達にはさぞ感動的に映るだろう。
「……いいなぁ」
――パタン。
縁のない祭りだと零れたフェイの言葉に、本が閉じられる音がした。
(「あ! 見えるかな!」)
何かを思いついたらしいフェイは、構ってもらえなくて退屈だったのも忘れて窓に乗り出す。本が閉じられた音も聞き逃して。
窓の外を必死に見つめていると、
「フェイ」
名前を呼ばれて振り返る。そこには、既にコートまで羽織って出かける準備を終えたセシリオがいた。
「何処か行くの?」
「何だ、行かねぇのか?」
きょとん、と首を傾げてフェイが問うと、セシリオが短く一言だけ答える。
「……まあ、セシリオがどうしてもって言うなら行ってあげなくもないけど?」
セシリオの言葉にフェイの瞳は期待に輝いた。しかし、凄く嬉しいのに、ひねくれた言葉が口から出る。散々放っておかれた意趣返しのように。
しかし、セシリオはフェイのひねくれた言葉を予想していたのか、靴を履き終え扉を開く。
「ちょ、まだ俺準備出来てないっ、待ってよー!」
フェイはベッドから転がり落ち、慌てて上着を掴んで追いかけた。
ぶっきらぼうな優しい背中を――。