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汚れ仕事というものは

竪琴の魔曲使い・ミラ

<汚れ仕事というものは>

■担当マスター:コブシ

 そこは臭いだけでなく暗かった。
「先は真っ暗、俺たちのお先も真っ暗〜ってか」
「気の滅入ること言うなよ……」
 そこかしこから水音が響いてくる。下手な素人の一団の音楽のようだった。空気は常に動いているが、この下水の臭いはどうしようもない。
 この陰気な石組みの地下通路には、街の家々からの廃水や雨水、汚水という汚水が全て集められてくる。どこかに汚水を綺麗にして再利用する仕組みもあるという話だが、ここはまだ単なる『下水道』でしかない。
 その、『下水道』の排水管の一部が詰まってしまったらしい。
 所定の場所に汚水が流れてこないという。
 その対応として下水道掃除の仕事の話が持ち上がり、彼ら2人は「懐具合が寂しいので小遣い稼ぎに」、と手をあげたのだ。だが、前を行く男はすぐに「割に合わない」と思い始めるようになった。
「まだ濡れないですむ場所で良かったじゃないか。もっと下層だと完全に水没しててもおかしくない」
 大人の歩幅で5歩ほどの水路の両脇には、人1人がやっと通れるほどの木製の側道が設けられてあり、彼らはそこをおっかなびっくり進んでいた。
 やがて、ありがたいことに天井がうっすら光る場所に出た。左右から汚濁した支流がいくつも流れ込んできている。その上を、側道と同じく木製の頼りない吊り橋を渡って進み……そして彼らは、目的の場所と思われるものを発見した。
「ここだな……」
 水がほとんど流れてきていない支流。
 2人はその角を曲がり、上り勾配を進む。しばらくして、前を行く男が急に立ち止まった。後ろにいた男は何事かと背伸びをして前を見やった。
 ……最初は壁かと思った。
 水路全面に立ちふさがる壁。だがその表面はぷるぷると震え、天井の薄明かりを反射して波打っている。半透明のその表面の向こうに、大量の生ゴミやガラクタ、渦巻く汚水が見えた。『壁』はよく見ると3つの塊が合体したもののようだった。
 ガシャン! と、男が落としたカンテラが大きな音を立てた。
 その音に反応したのだろうか。
 『壁』の一部が動き、伸びて、男たちに向かって襲い掛かってきた!
「うっ」
「うわああ!?」
 前にいた男はその触手に絡め取られた。
 後ろにいた男は死に物狂いで走った。背後から助けを求める声が聞こえたが、その声は突然断ち切られるように絶えた。
 それでも、必死で逃げる男の耳に、先ほどの叫び声と、骨が砕けるような嫌な物音がこびりついて離れなかった。

 晴れの日が続き、都市の最上層から見える空は、からりと爽快に青かった。
「私たちが綺麗な水を使えるのは、汚い水をきちんと処理できているからなんですよね」
 明るい色の石で舗装された道の側溝から視線を上げて、竪琴の魔曲使い・ミラは居並ぶ面々を見渡した。
「下水道に、特定の形を持たないゲル状の怪物……スライムが現れて、汚水を詰まらせてしまっているんです」
 ミラは先日起こったという事件について語った。
「マスカレイドが関わっている訳ではありませんが、都市の、私たちの生活の根幹に関わることです。綺麗な仕事ではありませんが、必要不可欠な、大事なお仕事です。……既に犠牲者が1人出ています。退治の人員を募っておられるので、皆さん、引き受けてはみませんか?」
 今まで排水口の奥へと流してきた諸々を思い起こし、「ううむ」とエンドブレイカーたちはうめいた。
「スライムは体の一部を触手のように伸ばして相手を縛り上げてくるらしいので、それらをかいくぐって攻撃することになるのでしょうけど……」
 ミラは少し困ったような顔をした。
「下水道の両脇にある側道は狭く、人1人がやっと、なんだそうです。側道からだと近寄って直接何か出来る人数は2人に限られてしまいますね。水路はスライムによって詰まってしまっていますし、他の水路よりやや高い位置にあるので下水はないということです。だから水路に下りて近づくことも出来るのでしょうけど」
 とても汚れます、とあくまで真面目にミラは言う。
「水路の深さは大人の身長程度なので側道に戻るのは難しくないでしょう。でも、スライムが全て退治された後、詰まっていた汚水が一気に噴出して押し流されてしまう危険があるということです。水路を行く場合はその点を注意してくださいね」
 ミラは空を振りあおいだ。
「……1ヵ所が詰まっても下水道はまだ機能していますが、今後どうなるかわかりません。あふれて、逆流してしまうことも考えられます」
 下水道に関する色々な汚いイメージがエンドブレイカーたちの頭の中をよぎっていく。……しかし、汚れ仕事は綺麗に片をつけてこそ価値があるのだ。
 ミラの頼みを引き受ける声は、力強いものだった。

●マスターより

 初めまして、コブシといいます。
 オープニングを読んでくださってありがとうございます。
 出来るだけ自然体の描写を心がけていきたいと思います。よろしくお願いします。

 スライムは全部で3体、『見る』能力は無いタイプで、大きな物音や衝撃に反応します。周囲は水音で結構やかましいので、大声を出したり物音を立てなければ簡単に近づけそうですね。
 天井はうっすら光っているので、明かりを特に用意する必要はないでしょう。
 触手の数は1本ではありません。
 3体全て倒せた後、いったいどんな状況になっているのか。想像してわたしもどきどきひやひやしています。
 皆様のプレイングを楽しみにお待ちしております!


<参加キャラクターリスト>


<プレイング>

プレイングは1週間だけ公開されます。

● 槍の魔法剣士・ジン(c00047)
―準備―
装備品通りで。
―行動―
さて、下水掃除的なものも立派な仕事だ。

と言うことで目標前まで来たら相談通りの配置につく。
配置は側路側。
戦闘開始は全員配置完了、そして合図があってから。
攻撃法は近づかず離れすぎずヒットアンドアウェイで。必要無ければ位置を動かず臨機応変に動いていく。
まぁ、槍だからリーチあるしどちらでも反応は可能だな。
残像剣、疾風突きを撃てるだけ撃ってやる。
アビリティは残像剣、疾風突きを交互で使っていく。

最後の1体になったら本番。
相手を此方側に引き付けつつ水路側の人達を避難させる。
余裕があれば引き上げる手伝いをする。
避難完了後畳み掛ける。

恐らく倒したら水が流れていくだろうからそれに気をつけること。

● 大剣の魔獣戦士・シド(c00478)
【配置】
側路前衛:ジン、ヒスイ
後衛:アスタル、サジ、ショーティ

水路前衛:シダ、シド、ヨゴレ
後衛:ルーウェン、カイナ
*他人のプレイングと齟齬があればそちらを優先します。

【作戦】
前衛&側路後衛:同じ敵を一斉に狙って攻撃
水路後衛:全体の指示と物音による囮役、前衛が捕縛された場合のサポート

スライムを発見したら配置につき、合図に合わせて戦闘開始。
一体づつ確実に撃破して後衛に指示された目標を退治します。
二体撃破したら水路組は攻撃を止め、側路へと避難。
この時少しでも早くあがることができるように
自分が踏み台になるなり押し上げるなりして仲間を先に上げます。
側路に上った後は体力に余裕があるようなら大声を出して囮役に。

【戦闘終了】
汚水がちゃんと別の水路に合流しているかを通路に沿って確認してから外に出ます。

● ナイフのスカイランナー・シダ(c00835)
▽作戦
各個撃破による、短期決着

▽戦闘配置
側路右・左、水路の三箇所に布陣


側路前衛:ジン・ヒスイ
後衛:アスタル・ショーティー・サジ

水路前衛:シド・ヨゴレ・シダ
後衛:ルーウェン・カイナ


▽行動
全員が戦闘位置についた後、戦闘開始
その際の合図はルーウェンに任せる
*戦闘中、攻撃目標や、細かい事への指示は水路後衛に一任

自分は前衛でひたすら攻撃あるのみ
体力が不味くなれば後衛と入れ替わるが、出来るだけ前で粘る
なるべく前衛の奴らとは連帯が取れるように
此方は此方で声を掛け合えれば理想か


・スライムが残り一体になったら水路組は側路に一度退避
自分は側路の前〜中衛辺りに上がる
先に上がったのなら、未だの奴らが上がるのを助けつつ
全員上がった後、再び攻撃開始
後はさっさと打ち倒すのみ



▽戦闘後
下水道の流れが正しいものになっているか確認
のち、速やかに地上へ帰還

● 弓の狩猟者・ショーティ(c01093)
作戦▼
各個撃破でスライムの討伐。
☆攻撃対象は水路組前衛と同じか、指示に従う。

配置▼
☆側路組の後衛。必要に応じて、側路の左右どちらかに付く。
他者とズレが有ったら、他者に準ずる。
なるべく、音を立てない様に行動する。床板が腐ってないか注意を払い、危険なら同じ路を行く人に知らせる。
配置場所に着いたら、戦闘態勢を整えて合図を待つ。

戦闘▼
☆合図が有ってから攻撃を開始、作戦通りに動く。
弓による通常攻撃が中心です、スピリッツは補助で使用。
残り1体になったら、水路組の避難が終わるまで、スライムの注意を引く。避難完了したら、攻撃再開!一気に畳み掛けて倒す。

☆最後に鉄砲水が有るそうなので、流されない様に気を付ける。

● 太刀の魔法剣士・ヨゴレ(c01688)
基本方針はなるべく静かに敵の近くへ。
合図があり次第配置に付いて敵へ攻撃。

<配置>
自分の配置は水路の前衛。
役割は主に近接攻撃と壁役。

<戦闘>
各個撃破が基本で、味方の合図と指示で対象が決まる筈。
指示された敵に対し他の面子と一緒に集中攻撃。
壁役ではあるがこちらの体力が危なくなってきたら(四分の三以下?)一旦下がり態勢を立て直す。
また水路の幅と攻撃のタイミング如何で仲間同士でぶつかる可能性もある為、ある程度順番順序を意識しながら攻撃、そこから連携を狙っていく。

攻撃方法は主に残像剣を使用。
敵が弱ってきているのを見て取れたら居合い切りで大ダメージを狙う。

敵が最後の一匹になり合図があったらば側路の面子が気を引く手はずになっているので、自分も側路に上がり撃破後の水流から逃げる。
側路に上がった後も攻撃のチャンスがあり、攻撃が届くならば自分も攻撃に参加する。

● 剣の魔獣戦士・カイナ(c02884)
【戦闘配置】
側路(前衛…ジン、ヒスイ 後衛…アスタル、サジ、ショーティ)
水路(前衛…ヨゴレ、シド、シダ 後衛…カイナ、ルーウェン)の組に別れる。
 
側路組前衛の2名が、どちらの側路に行くか決まってないなら、事前にコイントスでもして決めたらどうだろう。表が左、裏が右、みたいな感じでな。
まさか文無しでは無いよな。

【作戦】短期で決着を付ける。
ルーウェンの指示したスライムに攻撃(以降、敵)。指示が来るまでは、出来るだけ物音を立てずに配置場所で待機。
(1)側路組前衛後衛、水路組前衛は攻撃。水路組後衛は敵を大声等で引き付け&敵に捕まった人を助ける。(俺は弱った水路組前衛が居たら交代する。十字剣を主に使う)敵は各個撃破する。
(2)敵が残り1体になったら水路組は側路に引き上げる。側路組は攻撃をやめて敵の注意を引く
(3)水路組が側路に引き上げたら側路組攻撃再開。水路組は大声等で敵を引き付ける。

● 爪の魔獣戦士・ヒスイ(c02936)
【心情】
進んで入りたい場所じゃないですねー。
下水道の不快感が敵への不快感上回ってないとやってられません。
被害拡大と臭いが移る前に解決させましょう。疲れない程度に。

【行動】
下水道での戦闘なので水路側と側路側にわかれて戦います。
相談の結果、自分の担当は側路の前衛。

スライムを発見したら自分の配置について合図を待ちます。
勿論、敵に気付かれない様に攻撃の準備をしながら
合図を確認次第、攻撃を開始する

敵の撃破順番は仲間の指示に従うこととする
側路側の後衛が攻撃の要となると考えられるため
スライムへの攻撃が主となるが後衛陣への干渉を軽減することも自分の役目となるだろう

【戦闘】
相手の出方によって此方も出方は変えるつもりだが
触手が後衛を狙っていない限りは自分も攻撃に徹する

前半はビーストクラッシュとアサルトクロー両方を使用し、中盤からは適したアビリティを使う

触手が側路の後衛陣を狙った際はできる範囲でフォローにまわる

● 弓の狩猟者・アスタル(c03668)
先ずルーウェンにフライパンを渡しそれで大きな音を立ててスライム達を誘き寄せて貰い、
前衛組が叩いた所を後衛からファルコンスピリットで堅実に削る!
そして残り一匹になったら弓射撃で最後のスライムを射抜く!!
そしてスライムが全滅し、終わったら「撤収!!!!」と言い、
下水道から去る。

● エアシューズのスカイランナー・サジ(c05334)
さて今回は、エンドブレイカー初の依頼っす。
依頼主のミラさんとてもお姉さんス。

自分もああなりたいっすね(汗)

作戦はまず遠距離の一人に側路から水路のサポートに回ってもらう 2.ローテを止めて水路側は前衛3後衛2の固定なっているス

次に(1)水路組はローテーションを組む、水路組の前衛は攻撃。後衛はスライムを大声で引き付ける&敵に捕まった人の補助。敵は各個撃破。(2)敵が残り1体(汚水噴出寸前)になったら水路組は側路に引き上げる。水路組が引き上げるまでの間、側路組は攻撃をやめて敵の注意を引く →(3)水路組が側路に引き上げたら攻撃再開 という感じっス

【配置】短期決戦で望む(水路組、前衛3後衛2、ローテ無し)後は側面側で攻撃?

行動
自分は、水路組に行きポジション的には
最初は中距離で待機、攻撃の補佐の為次のターンから後衛に移動しアビリティのソニックウェーブでけん制補助

街の為に頑張るっス(ゴーグルを付けて)

● 槍のスカイランナー・ルーウェン(c05377)
事前準備
アスタルさんから借りたフライパンを腰に下げる
叩く用のお玉も持って行く

スライムへ静かに近づいたら、決めてた配置につく
私の位置は水路内の後衛
敵の注意を引きつけたり、触手に捕まった人を引き剥がすとか攻撃目標を指示するわ

・開始の合図
皆が配置についたら、腰に下げたフライパンを
思いっきり叩きつつ戦闘開始を宣言!

・攻撃目標指示
出来るだけ汚水に接してる面積の少ないスライムを
見つけて、
それから攻撃するように大きな声でみんなに伝えるわ

・敵の気を引く
側路の上の皆に攻撃がいかないようフライパンで大きな音をたてたり、
大きな声で呼びかけるわ

・最後の1体になったら、側路組が引きつけてくれてる間に
水路組は今いる位置から近いほうの側路に避難
もし私が先に上がれたら、後から上がる人に手を貸すわ

全員が無事に上がったら、側路組の攻撃再開
私はフライパンを叩いて敵の気を引くわ
引きづり込まれそうな人が近くにいたら掴んで止めるわね

<リプレイ>

●下水道をゆく
「下水道掃除とは……庶民的で気がすすまないが」
 髪をかきあげ、太刀の魔法剣士・ヨゴレ(c01688)がそうこぼしているのを背後から聞きつけて、槍の魔法剣士・ジン(c00047)はたしなめるような声を掛けた。
「下水道掃除も、立派な仕事だぞ」
「い、いや、ようやっと最下層脱出したと思ったらまた汚物仕事……と思っ……」
 とたんにへたれて小声でごにょごにょ弁明するヨゴレの声は汚水のはねる音にかき消された。ジンは彼に取り合わず、首を振って周囲を見渡す。
「……とはいえ、この臭いはいかんだろ……」
 汚水の音の反響は予想通り。下水道におりてきた面々の予想を超えていたのは、痛みさえ覚える悪臭だった。
 まず、いつもどおりのんきにあくびをしようとした爪の魔獣戦士・ヒスイ(c02936)は空気の悪さに思い切りむせかえった。
 ナイフのスカイランナー・シダ(c00835)は巻いていたスカーフでいつもよりしっかりと顔を隠して「さっさと終わらせようぜ」と、スカーフごしてもわかるしかめっ面で毒づいた。
 弓の狩猟者・アスタル(c03668)がはりきって持参したフライパンを礼を言って受け取りながら、槍のスカイランナー・ルーウェン(c05377)も口元にしっかりスカーフを巻いて、「こんなところに詰まってるなんて……本当に迷惑だわ!」と意気込みを新たにしている。
 一同のそんな様子を、弓の狩猟者・ショーティ(c01093)は不思議そうに見ていた。彼の頭部全体を覆う金属兜がどのような構造なのか見当もつかないが、本人は周囲の悪臭をものともしていないようだった。
 口々にあがる抗議に、エアシューズのスカイランナー・サジ(c05334)が緊張をほぐすためにか、明るく話し出す。
「いや、確かに汚いっすが、こういうのから農作物作ってる階層のじいちゃんたちは上質の肥料とかを作ってるんすよ」
 だが、続きを口にしようとしたサジは、大剣の魔獣戦士・シド(c00478)が無言で手を上げたのを見て両手で自分の口元を押さえた。
 彼の視線の先にあるのは、水の流れてこない支流。おそらくは一同の目的地。皆無言で、無音を心がけて慎重に進んでいく。
 左右どちらかの側道に分かれることになる、支流の入り口にある吊橋の前で、剣の魔獣戦士・カイナ(c02884)がコイントスで誰がどちらに行くかを決めていった。一行は事前にだいたいの配置を相談してきていたのだ。
 結果。左の側道にジンとアスタルが。右の側道にはヒスイとショーティが。水路にはシダ、シド、ヨゴレ。それにカイナ、ルーウェン、サジが進むことになった。
 上り勾配を進むことしばらく。
 目的地は皆の目の前に明らかになった。
 なるほど、それは『壁』だった。水路の底からてっぺんまでみっしり詰まっている。色も同じ、質感も同じ。しかしある箇所で波打つ表面の波紋が逆向きになっていたり、透明度が違っていたりする。そういった事で個体の区別がついた。確かに『壁』は3体のスライムだ。右上に、左上に、そして下に、1体ずつ陣取っている。
 ルーウェンは深く息を吸い込んだ。
 そして皆を見渡し……腰に下げたフライパンにお玉を思い切り叩きつける。
「みんな、行くぞ!」
 戦闘開始を告げる大きく高い金属音が、水路内にこだました。

●カウントダウン。「3……」
 その音はしかし、スライムにとっても戦闘開始の合図となったようだ。響く金属音に激烈に反応し、音の発生源に向かって一斉に触手を伸ばしていく。
 双方から、ほぼ同時に、さまざまな攻撃が飛び交った。水音のみだった水路内には、先程とは打って変わった音の混乱状態が広がりつつあった。
「左上よ!」
 ルーウェンの指示を受け、左上に陣取るスライムに対する初撃はショーティによる鋭い矢の連射だった。後に続くようにアスタルの召喚した鷹のスピリットがその翼で『壁』を削る。
「妾たちの愛の力で武ッ殺してやんぜ!!」
 遠距離からの攻撃を受け、泡立つ『壁』の表面に、さらにシドが大剣を振るう。手ごたえを感じ、もう一撃、と刃を返した時、シドは足元にキラリと光る金属片に気がついた。
(「カンテラの破片……? 最初にスライムに襲われた男の、これが形見というわけか」)
「不憫だな……!」
 シドが薙ぎ払った大剣の先で、スライムの破片が千切れ飛んだ。
 ルーウェンは全ての触手を引き受けることになってしまった。槍でその一部をえぐったものの、重く強力な触手が4本、絡み付いて身動きが取れない。
 それを救うべく、カイナの剣が目にもとまらぬ速さで振り下ろされる。スライムの触手は一時、痺れたように動きを止めた。
「うりゃー! 1人にたくさんなんて、えっちぃ事は反対っス!!」
 そこに、飛び上がったサジの全体重を乗せた一撃が命中する。
 それでもまだルーウェンは絡みつかれたままだ。
 背後の切迫した様子を感じ取り、ジンは舌打ちしたい気分だった。
「さっさと片付けられろよ……!」
 素早く踏み込み、手にした槍で鋭い突きを繰り出す。そして更に奥へ。貫くように突き刺していく。
 スライムは一瞬、ぶるぶると震え――そして、まるで風船のように、ぷうっとふくれあがった。そのふくらんだ表面からいくつか穴が開いて、ぴゅうっ、と汚水の細い鉄砲水が吹き出した。

●「……2………1、」
 その穴をふさぐように、ぐにゅぐにゅと下から右から残りのスライム2体が身動きし始めた。隙間を埋めるように死んだらしきスライムを取り込み、『壁』の一部としてへばりつかせていく。
 一瞬、汚水の激流が来るかと身構えた者たちはほっと胸を撫で下ろした。
 その耳に、けなげな声が届く。
「右上、よ……!」
 まだ残る触手に囚われたままのルーウェンが、すでにヒスイの攻撃によってダメージの蓄積がある次の攻撃目標を指し示していた。
 彼女の傷付いた有様を見、残る触手の数を見、早く決着をつけるのが一番とみたシダは、隣のヨゴレと視線で合図を交わした。手にしたナイフに渾身の力を込めて攻撃を繰り出す。
「長引いたって……お前らも辛ぇだけだろが」
 回転がかったシダの刃の突き上げが、『壁』に大きな穴をうがつ。
 その穴が元に戻るより早く。
 ヨゴレの手元から、細い光が走った。――一閃。
 右上のスライムの表面が濁ったように泡立ち、ぶわり、と『壁』がゆらいだ。今度は先程よりも大きな鉄砲水があちこちに飛んだ。それもすぐにやんだ。
「あと1体……!」
「早く、側道へ!」
 最後の1体が倒されれば、水路にいる者は汚水に押し流されてしまう。それを回避するために、残り1体になれば水路にいる者は側道に引き上げる手筈になっていた。
 触手がルーウェンの体を離れた。別に彼らの予定を尊重したわけではなく、新たな攻撃目標を見出しただけだった。
「い、いやん、軟体系は嫌いっすー!」
 動き出す触手の不気味さにサジが思わず悲鳴をあげ、ひと飛びに側道に飛び上がる。
 シドとカイナは大声を張り上げ、触手を引きつけようとした。彼らが自ら意図した通りに攻撃される中、その他の水路組は急いで側道に上がっていく。
 側道上のショーティも、触手の気を引くべく大声を出す。そんな背後を気づかいつつ、彼らを守るためにも、と攻撃に専念していたヒスイは、さすがに常に同じ方向からくる衝撃に狙いを定めたらしきスライムに、横からの触手の痛烈な一撃をあびた。
(「まあ……これが、ここでの自分の役割なので……」)
 ヒスイは狭く、きしむ側道の床の上で奮闘し、縛り上げようとする触手をなんとか退ける。
「でもー、役割でも痛いのは苦手なんですー……心がもろいのでー……!」
 そう言って。右に、左に。その恐るべき爪を『壁』に向かって突き立てる。
「ヒスイ! ……貴様ッ!」
 すぐ目の前で起こった光景に、ショーティの口調が一変する。
「スライムめ、あがきおって!」
 波打つ『壁』の表面の、その深奥を射抜くように、同じ箇所に矢が続けて突き立てられていく。
 アスタルの放つ矢が、サジの放つ衝撃波が、その後を追い、着実に『壁』を削ぎとっていった。
 ヨゴレとカイナ、ジンが大声で、ルーウェンはフライパンを叩く音で触手を惑わせた。狭い側道の上では入れ替わることも難しく、こうやって攻撃を引き受けることが出来る精一杯だった。
 ……水路上に、ちょろちょろとした一筋の汚水の流れがある。『壁』が力を失い始めている。終わりのときが近いことを皆が感じ取っていた。
 そして、ヒスイの獣の爪の一撃がスライムに突き刺さる。
 瞬間、『壁』は透明度を無くし、汚水と一体化したようにどす黒く濁った色を見せた。

●「……0。=濁流」
 轟音が皆の体を叩いた。
 水路にいれば押し流される危険がある、とは聞いていた。だがそんな生易しいものではないだろう、と思った。枯れ木、木片、生ゴミ、正体不明のかたまりが、汚水とともに流され転がり落ちてくる。足元の側道が揺らいでいるような感覚さえ覚える。滝のような激流だ。
 そんな中、濁流の音に混じって響く、高い笑い声があった。
「ヒャーハハハハ!! 邪悪なものにはお似合いの最後だぜェ!!」
 アスタルの勝利に沸く歓喜の声だった。
 たしかに、もとスライムであったものはどこにも見当たらない。この濁流の中ではスライムの死骸を見分けることはほぼ不可能に思えた。
(「男の形見は……無理か」)
 シドは、ひとり名も知らぬ男の冥福を祈った。
 轟音はしばらくやまなかった。汚水の量が減り、ようやく隣の人間の話し声が聞こえるくらいに落ち着くまで、実際には1分もかからなかったかもしれないが、彼らにとっては非常に長く感じられた。
 シダは深い溜息をついた。ようやく終わった、と思うもしかめっ面はそのままだ。
「なんか腹立たしかったですねー」
 そう言ってスライムのことを述懐しつつも、ヒスイはもう下水道の臭いうつりを気にし始めている。
「怪我はない? 流された人もいないわね? ……みんな、お疲れ様!」
 一番傷付いているはずなのに、そうやって皆に気を配り、笑顔を見せるルーウェンをちらりと見て、すぐにカイナは視線をそらした。誰にも見えない角度で顔をしかめる。
「力が……足りない」
 小さな呟きは、濁流の音にまぎれていった。
 そんな和やかな(しかし悪臭に満ちた)空気の中。
「敵は倒したし、私達のおかげで、下水道も元通りだ!」
 意気揚々と側道を引き返していたヨゴレが……「つるっ」と足を滑らせたのだった。
「アッー!?」
 ヨゴレの体が宙に浮かぶ。
 行き着く先は汚水……と思いきや。
 ヨゴレは、下水道の流れがちゃんと元通りになっているか確認しに吊橋まで来ていたシドとシダに感謝すべきだろう。2人にしてみれば、「アッー!?」という叫びに驚いて振り返ってみれば、目前に今にも汚水に落ちゆかんとするヨゴレの体があったわけで、とっさにそれぞれ片方ずつ足をつかんで引き止めたのは見事と言うほか無い。
 だが、水かさの増した汚水は常より高い位置にあり……ぷらーんと垂れ下がったヨゴレの眉から上が、見事に汚水に浸かっていた。
「……お湯を沸かして、お風呂ですね」
 口調も元に戻ったショーティのぼやきに、ジンがしみじみと頷く。
「取りあえず……身体洗い流したい」
 そうして、綺麗に片付いた汚れ仕事と同じく自分たちも綺麗になるために、一同は元の階層に戻るべく来た道を引き返していくのだった。
戻るTommy WalkerASH