<天使の顔を持つ悪魔>
■担当マスター:羽月
●自己愛の天使「ちょっと、お兄さん。こんな所で寝てるなんて危ないよ。宿代がないってんなら、うちの皿洗いでもやってくれれば一晩くらい泊めてあげよう」
親切そうな老婆に声を掛けられ、その場の風景とは不釣合いに身なりの良い青年は、廃墟の門にもたせかけた体はそのままに僅かに顔をそちらへ向けた。彫刻のように整った美しい顔に、老婆は思わず目を丸く見開く。
しかし、次の瞬間、青年の美しい顔には邪悪な笑いが浮かんで老婆を凍りつかせた。
「……いいか、俺に構うんじゃない。老い先短い命でも大切ならば、二度とな」
どこか芝居がかった仕草で老婆を睨み付けると青年は立ち上がり、古ぼけた館を一度見上げてから、壊れた扉に手を掛け……、もう一度老婆の方に向き直った。
「また眠りを邪魔されるのも面倒だな……。無駄な殺しなどしたくないが仕方ないか……」
そう呟くと、何が起こっているのか理解していない様子の老婆に近づく。憂いを帯びた表情を装っていたが、その眼差しには殺人を楽しむ狂気の喜びが隠せずにいた。
●エンドブレイカー、集う
「この前起こった豪商一家の惨殺、あれの犯人の居場所が分ったぜ」
声を低くしながらも、興奮を抑えきれない様子のエアシューズのスカイランナー・ジェシカは、その丸い大きな瞳で君達を見回すと言葉を続けた。
「その事件ってさ、豪勢な屋敷で何不自由なく暮らしてた一家が、大きくて鋭い刃物でずたずたに切り裂かれて殺されていたっていう事件なんだけどさ……。一家の中で1人だけその場に遺体の無かった次男坊のアグウィルって奴、こいつがマスカレイドだったんだ。それが、捜索を逃れて今も人目を避けて逃げ続けてるらしい。その、居場所が分ったんだ。……この仕事、やるだろ?」
頷き返した君達を見て、少女はにっと笑った。マスカレイドとの戦闘となれば笑い事では無い筈だし、それは彼女も分かっているのだろうが、活劇となると血が騒いでしまう性分らしい。
「よし、じゃあ分ってる事話すからな。もっと集まってくれ」
少女は君達をテーブルに手招きして、より詳しい説明を始めた。
「アグウィルは戦闘になると、右肩に白い仮面が現れて、背中からでかい羽が生える。ウスバカゲロウって分かるか? あんな感じの羽が左右2枚ずつ生えて、これが剃刀みてぇに周りにいる人間を切り裂くって訳だ。あと、この羽、少しの間なら本当に飛べるらしいぜ。高くは飛べない代わりに速く飛ぶみてぇ。ただでさえ刃物みてぇに鋭い羽が、羽ばたきながら高速で突っ込んできたら……考えただけでも痛ぇだろ? ミンチにならねぇように気をつけてくれよ」
ジェシカはおどけてみせるが、その目は真剣だ。
「油断も禁物だけど、情けも禁物だぜ。分ってるとは思うけど、マスカレイドになった者はもう二度と元には戻れねぇんだ。そして、マスカレイドのせいとは言え、こいつは既に家族を殺し、放っておいたらそのうちまた誰かを手に掛ける。戦闘になったら、配下のアリジゴク型マスカレイドも出てくるけど……、絶対、やり遂げてくれよな」
ジェシカはもう1つ付け加えた。
「相手が居る場所は、そこそこ人が住んでる町の外れだ。戦闘後、アグウィルの死体が残っちまうから、すぐにその場を離れてくれよ。誰かに見られたら、みんなの方が、アグウィルを殺した殺人集団に間違われちまう。普通の人間にゃ、奴がマスカレイドで殺人犯なんて分らねぇからな。だから、長居は無用だぜ」
ジェシカは念を押し「じゃ、細かい作戦は任せるから、宜しくな。絶対勝てよ!」と残して席を立った。
●マスターより始めまして、羽月と申します。今回のシナリオでは、ナルシスト気味の青年マスカレイド1人と、配下のアリジゴク型マスカレイド4体の討伐をお願いします。 戦闘の舞台はオープニング冒頭の廃墟の館となります。 間取りはさほど複雑ではないので、すぐにアグウィルを発見する事ができるでしょう。 腐りかけた床板、崩れそうな壁などを気にしながらの戦闘となると思われますので、ある程度の対応方法も考えて頂ければと思います。 それでは、皆さんの熱いプレイングをお待ちしています。 |
<参加キャラクターリスト>
● 杖の星霊術士・アゾレス(c00537)
● 暗殺シューズのスカイランナー・セルジエ(c00821)
● アイスレイピアの魔法剣士・レジェス(c00824)
● アイスレイピアの魔法剣士・クラウディア(c00912)
● 扇の星霊術士・ミャルナ(c02043)
● 太刀のデモニスタ・エレ(c02135)
● 扇の狩猟者・フォン(c03598)
● ハルバードの魔法剣士・ラズヴィス(c04720)
● 杖の星霊術士・キリエ(c05013)
<プレイング>
● 太刀の城塞騎士・カズキ(c00312)
【作戦】
自分は前衛での戦闘
【攻撃優先順位】
アリジゴク→アグウィルの攻撃順。
【壁対策】
あまり壁際には寄らない
【床対策】
前衛陣は互いにフォローしつつ注意
【灯】
ランプを床に置いて戦闘。
【行動】
自分は太刀を振るい戦う
アビリティは居合い斬りを使用して攻撃していく
敵は一体一体を確実に倒しなんらかの形で背後を取れ、かつ狙える場合は羽根を狙って攻撃
要回復の時は合図をする
GUTSが危なくなったら前衛のサポートに回る
アグウィルを倒した後は出来るだけ速やかに撤退
余裕があれば、強盗っぽくして行く所
撤退を優先
● 杖の星霊術士・アゾレス(c00537)
屋敷に入る時は誰かに見られないよう警戒
可能なら同時に退散時の人目に付かなそうなルートを調べる
戦闘は後衛
壁が崩れても反応できる程度の位置で、回避の時以外極力動かない
床を踏み抜いてしまった際、自分が狙われてない時はフォローして貰わない
ランプは持って行き、必要そうなら点けて扇持ちの人のそばに置く
牽制)
仲間が集中攻撃をかけていない敵の足止めに
or
誰かが床を踏み抜く等で動きが止まり、敵に狙われるような時は復帰までの時間稼ぎに
マジックミサイルで牽制
攻撃)
牽制が必要なくなったら攻撃にシフト
引き続きマジックミサイルを使用
回復)
前衛のダメージが大きくピンチになったら星霊スピカを使用
声を掛け合い、重複しないようにする
これ以上回復が使えない時は仲間全体へと声を上げて伝える
その他)
積極的に仲間に声をかける
「壁、崩れそうです」
「攻撃合わせます」
「○○さん、敵来てます」
など
戦闘終了後は速やかに、調べておいたルートで退散する
● 暗殺シューズのスカイランナー・セルジエ(c00821)
・目的・
マスカレイドの討伐。
・戦闘・
俺は前衛で。
攻撃の優先度はアリジゴク型マスカレイド→アグウィルの順で。
一体ずつ確実に仕留めるようにする。
仲間と連携が取れそうなら、取れるようにする。
+アビリティに関して+
マスカレイドが遠距離にいる場合は「ソニックウェーブ」、
マスカレイドが近接範囲内に来た場合は「スカイキャリバー」で攻撃、
と使い分ける。
+壁と床板への対処+
壁や床板にはなるべく近づかないようにする。
壁に近づきそうになったり、
床板を踏み抜いた仲間がいたら、
マスカレイドの注意を俺自身に向けさせる、などして対処。
・戦闘終了後・
「そんじゃ、お疲れ様。」と、素早く退散する。
● アイスレイピアの魔法剣士・レジェス(c00824)
◆戦法
前衛/残像剣+氷結剣中心
ini高いから、なるべくダメージは回避するようにしたい
もし敵が前衛突破して後衛侵入するようなら、
壁役にもなるぜ
攻撃順は蟻地獄→アグウィル
一体を確実に仕留めてから次、の戦法で
◆対アグウィル
その厄介な羽をどーにかしたいけど、さすがにミンチはイヤだなぁ
【可能なら】攻撃時に隙をつくなりして、その羽を破壊するつもりだ
飛行攻撃が来るような前兆が見えたら、周りに知らせるなりしてなるべく被害を最小限に食い止める
奴は結構ナルみたいだから、逃走防止に【挑発】もするぜ
「よう、どうしたお顔だけのブルジョワ上がりが」
オレも一応上流階級だし、かなりキくと思うぜー
◆床・壁対策
かなり抜けやすいっつーから気をつけるけど…
もし踏み抜いてしまった場合は、
集中攻撃を防ぐ為に他前衛陣にフォローしてもらう
逆にヤバそうな所見つけたら声出しで注意を促す
◆探索・撤退・灯など共通事項
皆と同じ認識・行動で
● アイスレイピアの魔法剣士・クラウディア(c00912)
灯りを持って1階から散策します。
戦闘の際は灯りから火が出ないよう注意します。
火が起こってしまった場合は扇アビでミシャルナさんとフォンさんに対処して頂きます。
戦闘が終わり次第人目につかぬよう即解散。
【作戦】
アリ地獄を個々に集中攻撃して倒した後にアグウィルさんを攻撃します。
集中攻撃の際に前衛は敵方への足止めをするよう注意します。
誰かが床を踏み抜いてしまった場合はその方の名前を呼び急いで駆け付け救助します。
HPが下がり危なくなった時には精霊術師さんにお願いして回復アビをかけて頂きます。
【行動】
私は前衛に立ち戦う事に専念致します。
唯、崩れやすい壁には注意します。
床を踏み抜き身動きが取れなくなってしまった場合は助けを呼びます。
アリ地獄へは氷結剣、アグウィルさんへは残像剣を使用致します。
アグウィルさんを攻撃の際可能ならば飛べなくする為に羽根を狙います。
不可能ならば羽根は諦め攻撃を当てることに専念します。
● 扇の星霊術士・ミャルナ(c02043)
【陣形】
後衛:星霊術士+狩猟者
前衛:上記に該当しないメンバー
【回復】
要回復の合図があった人を前衛を優先に回復
他の星霊術士と同じ人を回復しないよう、合図をしあうのを忘れないように
【攻撃】
アリジゴク→アグウィルの順番
一体一体を確実に倒していくようにする
なんらかの形で背後を取れ、かつ狙える場合は羽根を狙って攻撃
アグウィルやターゲットでないアリジゴクの牽制攻撃もする
【床対策】
できるだけ周囲に気を配る
運任せではあるが、床の崩れを罠代わりに使える場合は利用できるよう、
そういう場所に気が付けば指摘する
【灯】
ランプを床に置いて戦闘
延焼対策は扇のアビリティを利用可能であれば鎮火に使うので、
戦闘中は灯りの近くを基準に動くようにする
【他】
後衛で回復重視に行動しつつ、
壁や床が脆いところが無いかに注意をします
アグウィルを倒した後は出来るだけ速やかに撤退
余裕があれば、強盗っぽくしていきたい所ですが、あくまで撤退を優先
● 太刀のデモニスタ・エレ(c02135)
人に踏み留まれぬとは可哀想な奴……
私は戦闘に集中。まず前衛の一人としてアリジゴク型のほうを一体ずつ「居合い斬り」で始末。「デモンフレイム」は出来るだけ使わず、使う場合は館に延焼しないように計算して使う。
アリジゴク型を倒してからアグウィルをみんなで囲むわけだが、その前に逃げてしまいそうになった時には顔めがけてデモンフレイムをうち、「ハハ、化け物にふさわしい面じゃないか!」と挑発。
出来るだけ壁に近づかないで戦い、また足下にも注意して飛んだり跳ねたりは避ける。
アグウィル戦ではどちらかといえば味方のフォロー。仮面を狙って執拗に攻撃をしたりする事でこちらに注意を向けさせ、他の人が攻撃をしやすくする。
羽対策としてはその羽で切り裂こうと飛んでくるようなら壁のほうへ移動し、引きつけて壁をわざと崩してアグウィル巻き込み、味方に攻撃のチャンスを作る。
探索も脱出ルートも人任せ。倒したらみんなについていって脱出。
● 扇の狩猟者・フォン(c03598)
▽心情
天使の様な顔を持つ青年…楽しみでございますね。
と言いましても、殺されるつもりは毛頭ございませんが。
▽準備
ランプ持参。
敵を発見次第、床(邪魔にならない場所)に置く。
▽戦闘
前衛の皆様より後方、星霊術士方より前に位置。
倒すのは雑魚…こほん、アリジゴク型を1体ずつ→アグウィルの順。流水演舞使用。
ですがその間、アグウィルを野放しにしておく訳にも参りません。
牽制としてファルコンスピリットを。羽を狙ってみますが、これは「可能なら」程度の考え。
星霊術士方が狙われない様注意。攻撃は阻止致します。
▽対策
壁際に近付かない。
床板は落ちたら助け合う、と言う大胆作戦でございます。近くにいたら素早く手を貸しましょう。
尚、危険な床に気付いた際は注意を促す。
攻撃時、建物崩壊を招かない様気を付ける。
ランプやアビの影響で火災した際は流水演舞で迅速な鎮火を。
▽事後
ランプ回収、速やかに撤退。
▽口調補足
僕、〜様、でございます。
● ハルバードの魔法剣士・ラズヴィス(c04720)
事前準備
カンテラ
廃墟へ乗り込む時は慎重に
周りに人影が無いか確認
見られていないと判断後仲間に合図し廃墟へ
潜入後は何所から襲われてもおかしくない気構えで
いつでも動けるよう武器を構え慎重に探索
暗い場所はカンテラを灯し
気配や物音に注意
崩れそうな床・壁の位置はしっか頭に居れ
仲間にも注意を促す
アリジゴクを先に発見した時は倒しておく
アグウィル(以下青年)発見時は
前衛に立ち後衛の回復手を守るように布陣
「覚悟するんだね。人を殺す日々はもう終りだ」
戦闘時は
一体づつ着実に倒す仲間達が
倒し易いよう狙いの敵以外の牽制・攻撃を行う
敵が複数の時は残像剣で攻撃
青年一人の時は疾風突きで大ダメージを狙う
飛翔し始めたら
GUTSに余裕があれば率先的に攻撃に集中
GUTSが1/3以下なら回避に尽力する
足場は気をつけれる範囲で気配りを
仲間が足を取られたら腕を引っ張り上げる
戦況の変化に敏感に
仲間の声をよく聞き互いに声をかけあう
戦闘終了後は素早く退散
● 杖の星霊術士・キリエ(c05013)
◆心情
おばあさんを殺すなんてダメな人です〜
マスカレイドはぜーったいにやっつけるです
◆準備
ランプを持参しますよ
廃墟の1階から捜索しておにーさんが見つかったら逃がさないようにすぐ戦闘開始です〜
捜索時にも床板を踏み抜かないように注意注意です
◆戦闘
後衛で回復専念
ランプは床に置いて、床を踏み抜かない用に注意しますです
他の回復役さんとがっちゃんこにならないように声を掛け合って回復しますです
GUTSがなくなって回復出来なくなった時にも公言しますです
「ここはキリエが回復しますで〜す」
「あう、もうダメなのです〜」
回復の必要ない時にはマジックミサイルでおにーさんを狙います
後ろには来させませんよ〜
羽でザクザクはやーなのです
おにーさんが飛びそうになった時にはみんなに注意しますです
「おにーさんが飛びそうですよ〜ぅ」
余裕がある時には周囲にも注意して崩れそうな所は注意します
◆事後
すぐに館から逃げ、もとい撤退しますです
<リプレイ>
●虫を殺す暗い夜の街路を、10人のエンドブレイカー達は目的地へとひた走った。緊張気味の顔や気負ったような表情が目立つ中で、ぽりぽりと頭を掻きながらどことなく気が抜けたような表情の杖の星霊術士・アゾレス(c00537)が異彩を放っていた。
曲がり角で人目を窺っていたハルバードの魔法剣士・ラズヴィス(c04720)が、大丈夫だと合図を送って寄越すのが見えた。目指す廃屋はすぐそこだった。
周囲を一度巡って退路の確認をすべくアゾレスはその場を離れながら、誰知らぬ思いにふける。日頃は物事を煩わしがる自分でも、見過ごしておけぬ事がある。家族殺し……。口癖である「面倒臭い」等とは絶対に口にできない。
「……彼のような相手なら尚更です……」
その瞳には、決然とした色が浮かんでいた。
エンドブレイカー達はそれぞれが手にした灯火をかざしながら、館へと忍び込む。
きい、と静かな音を立てて、玄関の壊れた扉を押し開ける。ランプを掲げると真っ直ぐに広いホールがずっと奥まで伸びているのが見えた。そしてその先には、かつてこの館の主が座していたのであろう作り付けの椅子が在り、肘掛に身を寄せ掛けて1人の男が座していた。
「……また客か。一体何度俺の眠りを邪魔すれば気が済むと言うのだ」
男はぶつくさと独り言を垂れると、身を起こして立ち上がった。マントをばさりと投げ捨てると、真っ直ぐにエンドブレイカー達に向き直り……、そして、その体から発する気迫が増した。
「くくっ、力が抑え切れん。俺を怒らせたお前達が悪いのだぞ……」
自分に酔った独白が続き、背から虹色の薄羽が伸びた。右の肩には白く丸い仮面が現れる。
「人に踏み留まれぬとは、哀れな奴……」
太刀のデモニスタ・エレ(c02135)は胸元に色香を漂わせながら懐手を解くと、ちき、と音を立てて鯉口を切る。
「お会いできて光栄でございます。さ、始めましょう。楽しい演舞の時間を」
扇の狩猟者・フォン(c03598)は、彼の特徴である丁寧な言葉で、男に宣戦を告げた。
「この俺と戦うつもりか。面白い」
男――アグウィルは整った顔に冷酷な笑みを湛えると、右手を前に翳す。するとアグウィルの背後から3匹の、大型犬ほどもある虫が這いずり出てきた。背に仮面を貼り付け、大顎をギチギチと噛み合わせる、醜悪なアリジゴク型マスカレイドだ。
扇の星霊術士・ミャルナ(c02043)はランプを床に置くと、扇を振るってその身に流水を纏いながら戦場を一瞥する。
(「床の腐った部分に敵を誘い込めれば有利かもしれないわね……」)
同じように足場を気にしながらも、アイスレイピアの魔法剣士・レジェス(c00824)はアリジゴクの脚を凍りつかせながらその横を斬り抜けた。動きが不自由となったアリジゴクはエンドブレイカー達にとって格好の標的となる。アイスレイピアの魔法剣士・クラウディア(c00912)が更に凍結の魔剣で深々と穴を穿つ。
「我が名はカズキ・マシタ。悪を断つ剣なり!」
太刀の城塞騎士・カズキ(c00312)は名乗りを上げると、腰の太刀に手を掛け――2人の剣士が傷付けたアリジゴクを抜き打ちで真っ二つに切り裂いた。
●悪魔の反逆
そのカズキに向ってアグウィルは進み出る。
「させません……!」
フォンの右腕から輝く鷹の精霊が舞いアグウィルの羽に幾らかの傷を与えた。が、勢いを削ぐには到らず、その羽が非常な速さでカズキを襲った。
「おっと、こっちだぜ」
飛び込んできたのは暗殺シューズのスカイランナー・セルジエ(c00821)だった。少女にとって、目の前の仲間が傷を負う恐怖と比べればこの位の行動はどうということもなかった。
肩を切り裂かれたセルジエに向かいミャルナの手元から星霊スピカが跳ねる。
ハルバードを両手で取り回して2匹目のアリジゴクを押し返しながら、ラズヴィスは羽ばたき宙に浮いた青年を見やった。
アグウィルの美貌は狂気に醜く彩られ、ラズヴィスは棘を拒めなかった男を哀れむ。
「そんな力、君自身の力じゃないよ……」
エレは傷んだ床を踏み抜かぬよう、つつ、と滑るように足を運び、居合いの刃を水平に引いた。1体のアリジゴクの大顎が1本、切断されて宙に舞う。
それに触発されたようにアリジゴク2匹が激しく襲い掛かる。エレは腿を貫かれ、ラズヴィスは脇腹に食いつかれた。
「キリエが回復しますで〜す」
杖の星霊術士・キリエ(c05013)は可愛らしく両手で杖を振ると青く光る星霊をレジェスへと向わせ、ミャルナはラズヴィスを癒した。
「そろそろ殺してやろう」
アグウィルは空中で口ずさむように言うと、背の羽が消え、虹に変わった。目に見えない程の速さで羽ばたいているのだった。
宙を滑るように突っ込んで来る。その勢いに術士達は身構えた。
「そうはいくか」
身を割り込ませたのはレジェスだった。
「後ろへは行かせねぇぜ」
刃の羽ばたきをまともに受けた胸から血が吹き出る。
「星霊スピカよ」
アゾレスが小さく杖を振って青い星霊を遣わし傷を塞いだ。
「よう、どうした、お顔だけの成金上がりが」
防壁役を務めたレジェスは痛みを精一杯堪えてアグウィルに挑発の言葉を投げつける。
アグウィルは一度退くとレジェスを睨んだ。眉間に走った深い縦じわが怒りを物語っていた。
エンドブレイカー達は焦ることなく、確実にアリジゴクを討って行った。時折り腐った床板に足を取られ、膝や腿までめり込んでしまう危険な場面もあったが、距離の近いもの同士声を掛け合い手を貸し合って陥没から救い出す。その間の敵の動きをフォンの流水演舞やアゾレスのマジックミサイルが上手く牽制していた。
しかし一度だけ危機らしい危機は、セルジエが右足を踏み抜いた時だった。アグウィルが最初から潜ませていたらしい新たなアリジゴク型マスカレイド1匹が穴の奥に居て、彼女の足を食い千切ろうとすると待ち構えていたのだ。
「……っ」
セルジエは僅かに青ざめながらも身構える。
「セルジエさん!」
クラウディアに左腕を引き上げられながら繰り出した右足からの音波の一撃はアリジゴクの首の付け根を切り裂いた。
レジェスのアイスレイピアが最後の1匹を氷壁に封じ、エンドブレイカー達は遂に、目的であるアグウィルの討伐へと立ち向かう。
●羽をもぐ
飛行するアグウィルの羽ばたきが掠め、床に置かれたランプが1つがちゃりと割れた。油が流れ出し、傷んだ床に炎が広がる。
「いけない……」
すかさずミャルナは扇を一閃すると喚び出されたさざ波が床を穿ち炎を拭う。
「魔法の矢です、打ち抜かれて頂けませんか」
飄々と言うアゾレスの杖から7連の光弾がアグウィルに向い命中する。
アゾレスを睨むアグウィルに、今度はエレの刃が襲い掛かった。アグウィルの意識はエレに向かい、伸びる薄羽の一閃がエレの腕と肩を切り裂く。
エレは執拗に詰め寄り、右肩の仮面を狙っての攻撃を繰り出し、その間にエンドブレイカー達はアグウィルを取り囲んだ。
「俺は他人より優れてる。父も兄も何も分ってなかった。だから殺してやったのだ」
アグウィルはまたもぶつくさと独り言を言った。それも、まともな神経の者なら耐え難いような内容だ。
「どんな理由があったかは知らないけど、家族を殺しちゃうなんて……絶対に、しちゃいけないのよ!」
ミャルナは嫌悪に震えながら叫ぶ。アグウィルは心地良さげに笑っていた。
クラウディアは眼差しを鷹のように硬化させ、人を斬るためらいを捨ててアグウィルの羽に切りつけた。
レジェスが、ラズヴィスがアグウィルの羽に切り掛かり、フォンの荒波が、アゾレスの光弾が、羽の付け根に襲い掛かる。
カズキも続こうと踏み込むが、そこを抜け易い床に足を取られた。アグウィルが再び虹の光を背負い宙を滑る。カズキの抜けた間隙をアグウィルは抜けた。
回復役を守る為に、フォンが身を挺した。アグウィルが激突し血飛沫が舞う。
「……」
狩猟服が裂け、苦痛にフォンは眉根を寄せる。
キリエは大きな気力を振り絞り、フォンに星霊スピカを遣わした。
「レーヤ、行くです……、あう、もうこれでダメなのです〜」
キリエだけではなかった。ミャルナも、アゾレスも、ここまでに回復の為の気力を使い果たしていた。しかし、アグウィルにも相応の痛手は与えている。あと、少し。
●花を摘み、永久の別れを
「何故だ……、俺が、倒される訳がない……」
額から、口の端から血を流してアグウィルが獰猛に唸る。鼻面にしわが寄り、美貌は見る影もなかった。
エンドブレイカー達にもダメージが蓄積している。次に大きなダメージを受けたら、誰かが倒れるかもしれない。
アグウィルが三たび、虹を背負う。飛ぶ。
敵が自分を標的にしていると知覚した瞬間に、エレはとっさに壁際へと寄った。古い壁はもろく傾いで、今にも崩れそうな気配だった。
アグウィルの長い羽がランプの明かりを照り返し、虹の飛沫を散らして突進してくる。エレはぎりぎりまで引きつけ、そして身をかわした。アグウィルは轟音を立てて壁に激突し、めり込む。
その隙があれば十分だった。ふら、と壁から抜け出したアグウィルにラズヴィスが近接していた。
「覚悟するんだね。人を殺す日々はもう終りだ」
ラズヴィスの手元でハルバードがぐん、と加速する。踏み込みで速度を増した槍の穂先が、疾風(はやて)のようにアグウィルの腹を裂き、胸を貫いた。
「ぐふ……」
アグウィルが血反吐を吐いて身を屈める。地に身を休める事は、ラズヴィスのハルバードが許してはくれなかった。
「ふん……」
エレは床から身を起こしながらにや、と笑いその末路を見守った。
アグウィルの体から力が抜け、仮面と羽はその体に吸い込まれるように消えた。
武器を抜かれ、どう、とアグウィルの体が横たわる。
「終ったか……」
レジェスがふう、と息をつきながら豪華な衣服の襟を直した。
「物盗りの仕業に見せ掛けましょう」
ミャルナの提案にカズキも頷き、アグウィルのマントやブローチを手にすると、エンドブレイカー達は撤退へと移った。
ラズヴィスは一旦背を向けたものの、少し迷ってから窓辺に寄って朽ちたカーテンを外すとアグウィルの遺体を覆った。野晒しがためらわれたからでもあるが、発見を遅らせる効果もあるだろう。目を伏せ、屠った敵に短く黙祷する。
「……そんじゃ、お疲れ様」
セルジエは早々に仲間から離れ、街区を身軽に走り去っていった。
自分も立ち去ろうとして振り返ったフォンは、街灯に照らされた窓辺の鉢植えが白い花をつけているのを目に止めた。
(「最期は醜いものでしたが。しかし、悪趣味なあの姿よりはマシでございましょう」)
そうして、次に生まれて来るときにはより美しい姿になれるようにと青年の為に祈るのだった。