<真夜中の狂宴>
■担当マスター:御司俊
「ぐッ」突き出されるナイフを避け切れず、腕を切られた痛みに男は呻き声を漏らした。
夜も更けて、誰もが寝静まる筈の時間。
頼りない明かりが照らす薄暗い部屋に、荒い息が響いている。
「な、何故、こんな事をするんだ!?」
焼けるように痛む腕の傷を押さえ、絞り出すような声で問う。
何故、こんな目に遭わなければならないのか分からないのだ。
彼はただ旅の途中に辿り着いた村で、一夜の宿を取って休んでいただけなのに。
「う、うるさい! 頼むから死んでくれ!」
襲撃者の若者も必死だった。ナイフを握る手は震えているが、瞳には明確な殺意が宿っていた。
片や、寝込みを襲われた旅人は丸腰で、傷の痛みから体も思うように動けない。死の恐怖に思わず後退りした足を何かにとられ、旅人は体勢を崩す。
「しまっ……」
「うわあぁぁーっ!」
その瞬間、運命は決した。旅人の胸に狙いを定め、ナイフを構えた若者が体ごとぶつかっていく!
……やがて争う音が止み、薄暗い部屋の床には、胸をナイフに貫かれたままの旅人が力無く横たわった。
「お見事でしたよ」
その時、部屋に響いた女性の声に若者はハッとして振り返る。
「ミリエラ、夫人……」
いつの間にか部屋の入り口に、整った顔立ちの婦人が姿を現していた。その傍らでは、後ろ手に縛られた女性が恐怖に目を見開いている。
「ね、姉ちゃん!」
「心配していましたが、見事に成し遂げましたね。立派な殺し振りでしたわ」
凶行の現場にも拘らず、婦人は穏やかな微笑を浮かべる。異様な不気味さに気圧されながらも、若者は声を絞り出した。
「う……うるさい! 約束は果たしたぞ! 早く姉ちゃんを返せ!」
「ええ、ええ、良いですとも。私も約束は守りますよ」
そう言うと婦人は、縛られた女性を後ろから突き飛ばした。
よろめく女性を慌てて若者が受け止める。
「姉ちゃん、無事だった!?」
「……うん」
「良かっ……ッ!」
そこで、言葉は途切れた。不意に突き出された長剣が二人を貫き、代わりに二人の口から血が零れ落ちる。
「――ただし」
その長剣は、婦人の手から伸びていた。いや、正確には掌から長剣が生えていた。崩れ落ちる姉弟を見下ろす愉しそうなその顔は、半分を仮面のようなものに覆われて。
「あなた達を無事に帰してあげるとは、約束した覚えはありませんよ?」
そして、部屋にはただ哄笑だけが響き渡った――。
「話というのは他でもない、マスカレイド事件の情報だ」
とある村の外れ。何やら話があるからと呼び集められたエンドブレイカー達を前にして、トンファーの群竜士・リーは口を開いた。
「実はこの村では最近、謎の連続殺人が起きているんだ。何日かに一度、村外れ……この辺りに死体が並ぶんだよ」
その命を奪う凶器は様々だが、犠牲者は必ず3人ずつ出る。その内訳も決まっていて、二人は村人、もう一人は村を訪れた旅人なのだ。
「これは奇妙な事件としか言えないだろ? それでつい先日、新たな犠牲者が見つかった時に、その人達のエンディングを見に来たんだよ」
変にはねたリーゼントを幾度か弄りながら、リーはその時に見た事を説明する。
「先代村長は何年か前に亡くなっているんだが、その奥さんが今は宿を営んでいるんだ。ミリエラ夫人といって、優しい人柄で村人から尊敬されている人なんだが……この人が犯人、マスカレイドなんだよ」
40半ばで夫に先立たれ、それでも健気に村人達と共に生きる温厚な夫人。しかしその仮面の下には狂気の欲望を隠している。
彼女は己の娯楽の為に、自分の宿に泊まった旅人を、密かに捕まえておいた村人と殺し合わせているのだ。村人は近しい者を人質に取られていて、殺人に及ばざるを得ない。そして、旅人と村人のどちらが生き残ろうと、最後には自分で人質ごと殺してしまう。
だから真実は闇に葬られ、誰も知る事は出来ないのだ。……犠牲者のエンディングを知る事の出来る、エンドブレイカーを除いて。
「このままでは、犠牲者はこれからも増えてしまうだろう。今ここで夫人を倒し、事件を終わらせなければならないんだ」
だが、人々の尊敬を集める夫人の罪を告発しても信じては貰えまい。となれば人知れず討つしかないが、日中は村人達の目もあり不可能だろう。そこでリーが提案したのは囮作戦。
事件が起こるのは村人の目の無い深夜。それを逆手に取り、敢えて夫人の娯楽に乗って本性を暴き、討つのだ。
「殺し合いの勝負がつけば夫人は姿を現すだろう。誰かが客として泊まり、殺し合いを演じるんだ。といっても相手の村人と話し合う暇が無い以上、わざと負けて見せる必要があるな」
無論、殺される訳には行かないのだが。
そして、誘き出せたとしても夫人は強敵だ。掌から伸ばす剣の腕は高く、近距離の者達を一度に薙ぎ払う技も持っている。
更に倒せたとしても、戦いが発覚すれば捕まるのはこちらになってしまう。社会的地位のあるマスカレイドを相手にするとはそういう事なのだ。
「難しい戦いになるかも知れない。けど、俺と違って実力のある皆さんならきっと大丈夫だ。頼む、人々のために力を貸してくれ!」
そう言うと彼は、リーゼントを揺らしながら勢いよく頭を下げるのだった。
●マスターよりようこそ、『エンドブレイカー!』の世界へ。はじめまして、もしくはお久し振りです。御司俊と申します。 この世界でも、色々な物語を紡いで行ければと思っています。どうぞよろしくお願いします。 まずはオープニングをお読み頂き、ありがとうございました。 今回はマスカレイドとなった先代村長夫人と戦うシナリオをお届けします。夫人を倒し、手駒にされた村人達を救ってあげて下さい。 なお、オープニング内では描写がありませんが、夫人との戦いでは短剣と革鎧で武装した3体の配下マスカレイドが何処からともなく召喚されますのでご注意下さい。 ポイントとしては、誘き出し方でしょうか。夫人に警戒されて犯行に及んで貰えないと話になりませんし、間違っても殺される訳にも行きませんので。どう追い詰めるか、よく相談される事をお勧めします。 また、社会的地位のある夫人を手にかけたことが発覚すると大変な事になりますので、早期の撤収をお勧めしますが……ともあれ、注意は必要です。 オープニングにもあります通り、厄介な戦いになるかもしれませんが、どうか頑張って下さいませ。それではプレイングをお待ちしております。 |
<参加キャラクターリスト>
● 杖の星霊術士・リゼット(c00684)
● 大鎌の魔法剣士・ヘミソフィア(c03151)
● 杖の星霊術士・アーニア(c03197)
● アイスレイピアのデモニスタ・ノワール(c03878)
● 鞭のデモニスタ・マキナ(c03920)
● 太刀の魔曲使い・ユエ(c04453)
● 大剣の魔獣戦士・レイリオン(c04726)
● 弓の狩猟者・ラーファガ(c04886)
<プレイング>
● 剣の魔法剣士・ミズキ(c00519)
【行動】
村についたら他の待機組みのメンバーと移動して待機場所にて待機して、夜になるまで休憩している。夫人が現れたら、即座に飛び出せるように準備して夫人の一撃による村人殺害を防ぐ他のメンバーの補助をする。最悪、自分しか間に合いそうも無ければ自分が盾になる。
戦闘に入ったなら、夫人の動きを封じる為に脚砕きを使い、動きでかく乱したりと囮役を務め、夫人を逃がさないようにも夫人の動きにも気をつける。
【戦闘指針】
戦闘が始まったら、前衛へと飛び出して仲間の星霊術師の回復できる範囲から出ないように位置取りを気をつけながら、十字剣の脚砕きを狙い夫人の注意を引いて仲間の夫人の手下倒すまで時間を稼ぐ。あくまで囮なのでここでは無理をしない。
その後、仲間に余裕が出来たり手下を倒したらこちらも本格的な行動を開始して、残像剣などで一気に攻めていく。
● 杖の星霊術士・リゼット(c00684)
囮・宿屋待機班を見送り、昼の間、村から離れた場所で待機する
夜になったらリーさんが教えてくれた村はずれの遺体が並ぶ場所へ移動
月明かりで移動が出来れば良し、必要であれば持参したランタンも使い、村人に気付かれぬよう歩く
到着したら星霊スピカを召喚
村人や夫人に気付かれないよう木の影で待機する
囮と村人が着いたら、息を潜め静かに成り行きを見守る
仲間が村人保護へ動くと同時に、マジックミサイルで夫人を攻撃
村人が隠れた近くの射程範囲ぎりぎりの位置に移動後、囮の傷が深ければスピカで回復
その後、傷を負った人の回復を優先し、多少の傷、又は、回復不要ならばスピカを待機させ攻撃
マジックミサイルで配下マスカレイド→夫人の順に攻撃する
また、村人の方も気に掛け、村人が狙われたら身を挺して護る
戦いが終われば撤収
村人にはもう大丈夫ですと安心させ、村へ戻るように伝える
人質となっていた彼らがどのように話すか、判断は任せましょう
● 大鎌の魔法剣士・ヘミソフィア(c03151)
【行動】
昼間は村に入らず、夫人が死者を埋葬した場所の地形把握を。
夜は木陰などに身を隠し、夫人が現れるのを待ちます。
その場所をリーさんから事前に教わることができなかった場合は
村のはずれの木々が茂っている場所などを探索。
土の盛り上がり、他の土との色の違い、草の様子などに着目し、埋葬場所を把握。
武器を葉が多くついている木の枝に縛りつけ、見上げない限りみつからないように隠した後、村に入ります。
食事を求める旅人を装い、夫人の宿屋に向かいます。
埋葬場所を記した小さな紙片を、夫人の目のつかないように宿で待機する方々にさりげなく渡します。
食事が終わり次第、次の村に向かう風を装い村を出ます。
尾行の様子がなければ、そのまま埋葬場所に向かいます。
【戦闘】
配下マスカレイドの相手を主につとめます。
黒旋風を主軸に、耐えることを優先。
夫人の相手をされている方々を待ちます。
押せば倒せるようなら残像剣を用いて攻撃。
● 杖の星霊術士・アーニア(c03197)
…はぁ、やだやだ。
狂っても、こんな趣味にはなりたくないね。
【宿待機班】として行動
事前に合流場所を確認しておき、宿からそこまでの隠れやすい場所などを探っておく
同じ待機班の人と、囮とは別で宿に泊まる
囮に対しては他人を演じて、お互い関係があると悟られぬようにする
夜/村人が行動を起こしたら伝令を仲間に任せ、自らは村人と囮両者を尾行。なるべく距離をとり音を出さず慎重に追尾する
基本的に合流場所までは余計な行動をしない
もしも囮が誘導に失敗し、不利な状況に陥った時には星霊スピカで回復を施しフォローにあたる
戦闘/
無事囮が誘導に成功し、夫人が姿を現したら囮や村人が怪我をしていた場合は回復させて、すぐに後方へ移動
村人の近くに付き、夫人の攻撃範囲に自分と村人が入らぬよう注意する
先に配下マスカレイドを狙い、マジックミサイルで攻撃
敵が此方へ向かってきた場合は同魔法で迎撃
後/GUTSが残っていれば仲間と自分の怪我の回復
● アイスレイピアのデモニスタ・ノワール(c03878)
事前準備
血袋を二つ
厚めの小さな本
事前調査
死体を見つかった場所(逃走時合流場所)
行動
囮として行動
一人で村に入る
武器は待ち伏せ班に預ける
村に入った後、婦人の宿に赴き部屋を取り、散策と村人の交流をしつつ人目の付き難い逃走経路の模索し決定する
囮の行動
胸部に本と血袋を目立たず落ちないようにセット
ベッドに横にはなるが襲撃者が来るまで起きている
襲撃の気配を感じたら、一撃目を回避し窓から外に逃走
腰を抜かした演技をしつつ、追いかけてくるのを確認
事前に決めた逃走経路で合流場所を目指す
逃走時、転んだり、軽症程度に済む様腕や足を攻撃させる
また、この時に小さな血袋を口に含む
合流場所に到着後、命乞いをしつつ、襲撃者に胸部を刺させ、口にセットした血袋を奥歯で噛んでゆっくりと前のめりで倒れる
戦闘
婦人がターゲット
待ち伏せ班より武器を受け取り戦闘開始
近距離ならば氷結剣
距離を取れるならばデモンフレイムで攻撃
戦闘終了後、即時撤退
● 鞭のデモニスタ・マキナ(c03920)
※作戦が他の方と違う部分は他の方に従う
【心情】
さて…理不尽なる結末を砕く為、尽力させて頂くとしましょう
何故なら、私達はエンドブレイカーなのですから…
理不尽なる結末をもたらすマスカレイドよ…安らかに眠るが良い…
【作戦】
囮役、宿待機班、待ち伏せ班の三班に分かれ囮作戦
囮役が待ち伏せ場所まで村人と夫人を誘導
誘導後、戦闘
夫人との戦闘を他の者に目撃させない為にも手早く倒す
【行動】
宿待機班
◆潜伏
武器は服の下に保持し非武装を装う
他人のふりをしますが、それとなく囮役の動向に気を配ります
待ち伏せ場所まで誘導が困難な場合は夫人に気取られない様注意しながら囮役を補助
◆戦闘
村人が逃げ出せない様ならば保護しつつ夫人と配下マスカレイドから距離を取る
距離を取った後、可能であれば二人を逃がす
攻撃時は後方よりデモンフレイムで攻撃
◆事後工作
夫人が夜盗の犯行に巻き込まれた様に偽装
● 太刀の魔曲使い・ユエ(c04453)
マスカレイドに取り憑かれた夫人が起こす事件を終わらせる。
これが今回の仕事になるのだろう。
夫人の立場と村の様子から考えると、難易度は高い方だ。
気を抜かず、きちんと終わらせたい。
■行動
昼間は身を潜めておき、夜に動くこととなる。
私の容姿では色々と面倒なため、待ち伏せ役となる
リーから日々死体の並ぶ場所が聞けるならばその付近で待機
聞けない場合は怪しまれない程度に村人から聞くことになるか
夜の待ち伏せでも目立たぬように黒の外套で身を包んでおこう
■囮役との合流⇒戦闘
囮役が殺された振りをし、夫人が現れた辺りから村人の助けに回れるように夜陰に紛れて近づく。
隙を見て助け出す算段だ。
戦闘は村人をこの場から逃がした後に参加する形になる。
離れた場所からの参戦故、誘惑魔曲を中心に使うこととなるだろうが、必要ならば前にも出よう。
■戦闘後
今回は真相がどうであれ、非があるのはこちらにされてしまう。
早々に引くべきだ。
● 大剣の魔獣戦士・レイリオン(c04726)
●流れ
ノワールを囮に。
待ち伏せ班、囮補助班に分かれて行動。
●行動
マキナ、アーニアと宿屋待機兼サポート班。
大剣は、夫人に警戒を抱かせぬ為待ち伏せ班に預け、
仲間と共に旅をしている者のように振る舞い、
ノワールとは時差を付け、宿屋入りし。
彼女の部屋位置、逃走する場合、有効な窓などの位置を把握。
深夜、犯行に至る時刻になれば、寝ずの番。
夫人や村人動き出したら、そっと後をつけ、
部屋の付近に隠れ様子を伺い。
・おびき出しが成功するようであれば、
後を追って待ち伏せ場所に向かい、挟むようにして、
人質の迅速な確保を勤めて、戦闘に。
・失敗などの場合、
サポートをマキナとアーニアに任せ、
待ち伏せ班の元に伝令に。
戦闘時は前衛。ビーストクラッシュ中心。
後衛の魔法や弓が集中できるよう、
敵の攻撃に対峙。
●事後
脅えているだろう村人にそっと、
「動転しているだろう。
このことは…賊がした、とでも言えば良い。
命を、大切に…生きるといい」
● 弓の狩猟者・ラーファガ(c04886)
ミリエラ夫人の凶行を止めるために3班に別れて
待機。
俺は、外見的に目立つので、待ち伏せ班に志願。
戦闘時まで、カモフラージュして待つ。
姿が見えたら、俺は、ミリエラ夫人の狙撃を
狙ってみる。
こちらの姿が隠れるように気をつけつつ、
弓で狙撃。
出し惜しみなくファルコンスピリットを
連続使用だ。
但し、村人を盾に取られたら、
仲間と連携して救出に向かう。
一番後ろにいると思うので、
仲間の配置と敵の配置に気をつけ、
敵の行動が変化したら
すぐに仲間に知らせることが出来るように
心がける。
特に村人を盾に取ったり、
逃亡を図ろうとする場合だ。
ミリエラ夫人が逃亡を図ろうとしたら、
ファルコンスピリットで
狙撃しつつ後を追う。
それでも逃がしそうになった場合は、
運動能力の高さを生かして、
回り込み、退路を断つ。
村人救出時には、村人の安全を最優先。
俺の体を盾に庇うよ。
救出時には零距離射撃を心がける。
必ず救出してみせる。誇りにかけて。
<リプレイ>
●夕刻「ここに死体を並べられた人達、無念だったろうな」
腕を組んで壁にもたれかかり、剣の魔法剣士・ミズキ(c00519)はそう呟いた。
リーから説明を受けた、犠牲者の並べられる村外れ。そこには今、彼をはじめとしたエンドブレイカー達が集まっている。
「自分の欲望の為に命を弄ぶなんて、許せません……」
杖の星霊術士・リゼット(c00684)は夫人の悪行の話を思い返し、唇を噛んでいる。マスカレイドのせいでここでも、悲しい想いが生み出されては刈り取られている。そんなのはもう沢山だというのに。
「……古傷が痛むな」
目を閉ざし風を感じる中、太刀の魔曲使い・ユエ(c04453)は右半身に走る傷が疼くように感じた。寒いせいではない。これはきっと、これから運命に触れようとするが故だ。歪んだエンディングは、自分達の手で止めなければならない。
「気負い過ぎて硬くなるなよ。全力を出し切ろう……気がかりは多いが」
そう言って、弓の狩猟者・ラーファガ(c04886)は問題の宿がある方を見遣った。ここに夫人を誘き出して討つ計画だったが、果たして上手くいくのだろうか。
全ては夜になってからの事。夫人が動いてくれなければ話にもならないのだが……仲間が上手くやってくれると信じるしかない。
「3人で旅しておられるんですか。私はこの村から離れる事が御座いませんのでよく分かりませんが、さぞ愉しいのでしょうね」
「まぁ……ね。退屈はしませんよ」
その頃宿の広間では、鞭のデモニスタ・マキナ(c03920)がミリエラ夫人と話していた。女性二人を連れての旅人に興味を引かれたのだろうか。朗らかに笑うこの夫人を見ていると、非道な趣味の持ち主とは感じ辛いのだが……。
(「だが、事件は事実なのだな……随分と趣味の悪い」)
(「はぁ、やだやだ。狂ってもこんな趣味にはなりたくないね」)
テーブルについてその様子を見ていた大剣の魔獣戦士・レイリオン(c04726)と杖の星霊術士・アーニア(c03197)は、内心の嫌悪感を押し殺した。
普段は優しく人々の尊敬を集める夫人。地位を持つ狂人を敵に回すのは厄介極まりない。だが、だからこそ、自分達にしか出来ない事とも言える。
「……それでは、そろそろ私は次の街へ向かいますね」
隣のテーブルにいた大鎌の魔法剣士・ヘミソフィア(c03151)はそう言って席を立つ。仲間の待機場所や宿の大まかな間取り、今日は他の旅人がいない事など、二人とこっそり情報交換を済ませた今、長居は無用だった。
「あら、もうそろそろ日も暮れますよ。今日はお泊りになっては?」
「いえ、元々食事だけお世話になるつもりでしたので。美味しかったですよ」
「そうですか……」
婦人の声に残念そうな響きがあるのは、標的として狙っていたからだろうか? やはり3人組よりも、一人旅の旅人の方が夫人も狙い易かろう。とすれば……。
「……失礼するわ。今夜一晩、泊めて頂けないかしら?」
その時ドアを開き、アイスレイピアのデモニスタ・ノワール(c03878)が宿を訪れる。
新たな一人旅の旅人。狙われるならやはり彼女と言えた。
●襲撃
カチャ……と扉の開く音が聞こえ、ベッドに横たわっていたノワールは僅かに身を硬くした。
夜も更けてどれだけの時間が過ぎたか分からない。通された部屋は広めの割に窓が無く、当てが外れて焦りを感じると共に、夫人が本気で自分を狙って来ると確信して……待っていた勝負の時がいよいよ訪れる。
部屋に忍び込む何者かの気配。明かりを絞ったランタンの頼りない光が部屋を照らし、気配は一歩一歩近付いてくる。押し殺そうとしても零れる息がすぐ傍に立って……。
「――ッ!」
今だ、と思うと同時にノワールは気配の反対側に跳んだ。間一髪、ベッドに振り下ろされたナイフを回避して立ち上がると、襲撃者の顔が見えた。決死の思いに歪んだ形相の、年若い青年。
「何のつもり!?」
「うるさい、俺はこうするしかないんだ……死んでくれ!」
「ちょっとまずくない?」
物陰に身を潜めて様子を窺うアーニアが呟く。部屋を飛び出した囮役が青年と争う姿が見える。囮役には早々に宿を脱出して貰うつもりだったのに、予定はこの時点でおかしくなっている。
夫人からすれば全てを宿の中で終わらせたいのだろう。死体など夜闇に紛れて捨てに行けば良いだけの事。大事なのは標的を逃がさない事、脱出口を封じて来る位の予想はしておくべきだったのか。
「……静かに」
隣のマキナが声を潜める。この場に身を潜める2人の役割は夫人の動きを警戒する事。感付かれる訳には行かないのだ。
「た、助けて……ッ」
広間まで逃げてきたものの、ノワールは壁際に追い詰められていた。別にエンドブレイカー自身は常人より飛び抜けて強い訳ではない。怪しまれぬよう得物を外の仲間に預け、アビリティも使わない彼女にとっては元々分の悪い勝負なのだ。
襲撃者はナイフを構え、体ごとぶつかってくる。
「これで終わりだ!」
(「ここでやるしかないか……!」)
覚悟を決め、ノワールは彼の攻撃を受け入れた。ドスン、と左胸に衝撃。
「かはっ……」
口の端から血が零れた。刺さったままのナイフから襲撃者の手が離れ、彼女は力の抜けたようにくずおれる。
と、その時。
「お見事です」
広間に響く声。目をやると、奥の暗がりからミリエラ夫人が姿を現していた。傍らには後ろ手に縛られた若い女性……その姿を認め、襲撃者の青年は訴える。
「こ、これで良いんだろう!?」
「ここまで逃げられて手間取ったのは少々頂けませんけれどもね? でも、可愛い恋人の為なら流石に必死になるのですね」
「う、うるさい! 早く彼女を返せ!」
「ええ、良いですとも――」
そこに繰り広げられるのは、リーが語った犯行の再現だ。恋人の命を盾に殺人を迫られ、青年はその手を血に染めてまで大事な人を取り戻す。お互いに顔は蒼白で、それでもこれで助かったと抱き合う二人。
そんな恋人達の姿に、夫人の微笑が醜く歪んだ。すっと掲げたその手から剣が生え、夫人はそれを二人へと……!
「させません!」
次の瞬間、声と共に繰り出された鞭が夫人の腕を強かに打った。
「誰です!?」
突然飛び出してきたマキナの攻撃に夫人は驚いて動きを止め、その隙に、恋人達と夫人の間にアーニアが割って入る。
「二人は危ないから下がってて!」
「あ、ああ……」
戸惑いを隠せない恋人達をよそに二人は戦闘体勢を取り、それを見る夫人の顔は不敵に歪む。
「何の真似です、あなた達?」
「貴方の思うようにはさせない、という事よ」
ゆっくりと立ち上がったノワールが、口元の血を拭い言い放った。服の内からナイフに貫かれた書物を取り出し、投げ捨てる。
「お芝居だったという訳ですか。下らない……」
興醒めだと言わんばかりに溜息をつく夫人に、辛辣な声が飛んだ。
「貴様の悪趣味よりはマシだと思うが?」
その声と共に宿の入り口が開け放たれ、レイリオンが広間に踏み込んできた。
いや、その後ろにはラーファガやユエ、リゼットをはじめ、外で待機していた筈の仲間達の姿もある。囮が外まで逃げ出すのは難しくなると踏んだ時点でレイリオンは仲間への伝令に走り、皆で宿へと向かって来たのだ。
「これ以上の非道は控えて頂きましょう」
「覚悟して貰うぜ、ミリエラ夫人!」
ヘミソフィアが大鎌を構え、ミズキが啖呵を切り……そんな彼らに、婦人は吐き捨てるように言い放つ。
「愚かな……覚悟するのは貴方達の方です!」
その表情はいつしか、半ばマスカレイドの仮面に覆われていた。
●交戦
夫人に攻めかかろうとするエンドブレイカー達の前にまず立ちはだかったのは、夫人が召喚した3体の配下マスカレイドだった。
襲い掛かってくる配下にユエ・レイリオン・ヘミソフィアの3人がそれぞれ立ち向かうが、配下とはいえ決して蹴散らせる弱さではない。とはいえその相手にかまけてしまうと、夫人を自由にさせてしまう。そうはさせないと、飛び出したのはミズキだった。
「いくぜ、ミリエラ夫人!」
配下の間を駆け抜けて、夫人の足を狙って剣を凪ぐ。大振りになった攻撃は夫人の剣に受け止められて足には届かないが、注意を引くには十分だ。
「命知らずな坊やですね……」
「甘いぜ!」
夫人の挑発にニヤリと彼が笑って見せた、次の瞬間、風を切って飛んだ矢が夫人の腕を穿つ。
「ガッ!?」
「油断が過ぎるな。射線は通っているんだぞ?」
矢を放った姿勢のまま、ラーファガが言う。彼の得物である弓ならば、配下と戦う仲間達を飛び越えて夫人を狙う事が出来るのだ。他にも、杖やデモニスタのアビリティが夫人を狙っている。決して夫人は安泰な立場ではないのだ。
「ええい、小癪な!」
そう吐き捨てると、夫人はミズキに斬りかかってきた。縦に振り下ろされる重い一撃を受け止めたと思った次の瞬間、高速の横薙ぎが襲い掛かる。十字の斬撃を止め切れず、斬られた所から血が流れる。
夫人の剣捌きはやはりかなりの物だ。それは確かにマスカレイドとなって授かった力だろう。しかし、多くの犠牲者の血を吸って更に磨き上げられたのだとすれば。
「尚の事、許せない……」
配下と戦う仲間達の間に垣間見える夫人を睨み、リゼットはマジックミサイルを放つ。その全てを避け切れないものの、夫人はまだまだ揺るがない。
「厄介だね、確かに」
ミズキの傷を星霊スピカに治療させながら、アーニアはリーの表現を思い出していた。
しかし、屈する訳には断じて行かない。デモンフレイムを放ちながら、マキナは呟く。
「尽力させて頂きましょう、理不尽なる結末を砕く為に。何故なら……」
自分達はエンドブレイカーなのだから。
「ハッ!」
迫る配下マスカレイドをヘミソフィアが回転させた鎌で薙ぎ払う。
「食らえ!」
魔獣の物と化した腕で、レイリオンが同じく配下を殴り飛ばす。
そんな目の前の激しい戦いに腰を抜かしたのか、恋人達は座り込んだままなかなか立ち上がれずにいた。そんな彼らを背後に庇いながら、エンドブレイカー達は戦いを続ける。
「逃げられないのなら、せめて守り抜く!」
突き出された敵の短剣をユエが太刀で打ち払う。
「ど、どうしてそこまで戦えるんだ……?」
戦う彼らの様子を見て、青年は半ば呆然とした声で呟いていた。
敵の攻撃はなかなかかわしきれるものではなく、3人とも体は傷ついている。それでも戦う手が鈍る事はない。
それは勿論、星霊スピカによる治療のお陰もある。けれどそれ以上に、理不尽なエンディングを打ち砕きたいという思いがあった。
ユエの見開いた双眸には、過去の苦しみが映っているのだろうか。運命を正そうと思う気持ちは強く、その想いを乗せた太刀は、幾度も切り結んだ配下の一体をついに切り伏せる。
それを見た残りの配下は一斉に襲い掛かってくるが、ヘミソフィアは怯まない。恋人達を守ろうと耐え忍ぶ中、既に何度も攻撃を加えた相手。押せば倒せると踏んで鎌を振るう。
「行かせる訳にはいきませんので。倒れなさい!」
残像を伴う程の高速の斬撃が襲い掛かり、まともに受けた配下は耐え切れずに倒れ付す。
戦う理由があるのはレイリオンも同じだ。ドライに見えてその実情に厚い彼女にとって、追い詰められた村人の運命は救ってやりたい物である。だから、立ち塞がる敵に容赦はしない。
「しぶといな……だが、これで終わりだ!」
繰り出されるのは大爪による乱撃。幾度にも敵を引き裂くその攻撃を受け、最後の配下もついに打ち倒される。
残るは、夫人一人。
「何てこと……」
配下が打ち破られたのを見て、婦人が半ば呆然とした呟きを漏らす。その眼前で、ミズキは不敵に笑った。
「へへ……さぁて、そろそろお前とやりあうのに飽きちまった。本気で倒していいか?」
夫人はやはり強敵だ。受けたダメージは正直多く、アーニアの治療がなければやられていたに違いない。それでも今、確かに追い詰められているのは夫人だった。夫人の方も度重なる攻撃で深手を負っている。
「大詰めだな」
「欲望のままに命を奪った罪の重さ、その体に刻んであげるわ」
ラーファガの弓が、ノワールの術が夫人を狙う。
「ふざけないで、私は生きるのです! 私だけは……!」
醜い形相で夫人は叫ぶ。垣間見える狂気。何故彼女がマスカレイドになったのか、エンドブレイカー達は知らない。
けれど、同情する余地はないのだ。
「マスカレイドよ……安らかに眠るが良い」
マキナがそう告げると同時に、一斉に攻撃が放たれた。術の炎が、矢が、斬撃が夫人を襲い、そして。
「貴女は誰にも許されない……だから今日、ここで死ぬのです」
マスカレイドには死あるのみ。
何処までも冷たい言葉と共に、リゼットの放った7連射のマジックミサイルが、ミリエラ夫人の残された命を……その仮面を、打ち砕いた。
●終焉
「ご迷惑を掛けました」
「済まない……俺、とんでもない事を……」
「良いのよ。貴方の立場なら仕方なかったもの」
謝罪を繰り返す恋人達を、助けるのは私達の役目だから、とノワールは宥めていた。そんな彼女を労うように、レイリオンが頭を撫でてやる。
一方、過去の記憶のないアーニアには、そこまで追い詰められる程の大切な存在という物がピンと来なかった。けれど彼女も、漸くほっとした様子の恋人達を見ていると悪い気はしないのだった。
「もう大丈夫ですよ」
そう微笑むリゼットは、恋人達が事件をどう語るも自由と考えていたが、どうやら彼らは事件については口を閉ざすことにしたようだ。当事者になるまでの自分達がそうだったように、真実を語っても誰も信じないだろうから。
「となると、事件の後始末は見た者の判断に任せる事になるな」
ラーファガが見回すと、戦いの終わった宿の中は戦闘の余波で荒れてしまっていた。そんな様子を見てマキナが呟く。
「これなら、賊に襲われたようにも見える……か」
「そうですね、恐らく」
ヘミソフィアが頷く隣で、ミズキは腕組みして言葉を漏らす。
「せめてもの手向けに、何かしてやりたい所だけどな……」
「だがもし捕まったら、真相はどうあれ非があるのはこちらにされてしまうぞ」
長く留まるべきでないのは、ユエの語る通りだった。
まだ他の村人の誰にも気付かれてはいないだろう。夜闇に紛れ、恋人達は元の生活へ、エンドブレイカー達も村の外へと戻っていくこととなった。
こうして、連続殺人事件は人知れず終焉を迎えた。
何者かに襲われ命を落とした夫人を人々は悼み、その後事件はぱったりと止む事となる。真実は今も明らかにされず、未だ闇の中だという。
ただ二人の例外、運命を変えた旅人の存在を知る恋人達を除いて。