<書の乙女>
■担当マスター:神坂晶
大理石のペーパーウェイトから、とろりと血糊が垂れ、地に色を落とす。
埃まみれの床に骸となって横たわる少女。その金髪も、同じ紅に染まっていた。
二度と動かない友の傍に、もう一人の少女が佇んでいる。
血に濡れた大理石を手に、冷たい青の瞳が血溜まりを見下ろす。古びた窓枠から夕風が吹き抜け、癖のある長い赤毛と黒のワンピースが、ゆるゆると揺れた。
「……当然の報いと知り給え」
乾いた声と、少女らしからぬ奇矯な口調であざ笑う。マスカレイドとなった娘は、友の亡骸から青銅細工のしおりを奪い取り、空家を後にした。
置き去りにされた亡骸は、やがて黄昏に包み込まれていく。
きっかけは些細なことだったと、エアシューズのスカイランナー・ジェシカは語り始める。
「貸した本に傷を付けただの、最初から付いていた傷だの……そういった口論が原因みたいだぜ」
曰く、二人の娘の年頃は、いずれも十八才程。
互いに物語や童話など数多の書物を読み漁り、愛書を勧め合っては『秘密基地』と名付けた空家の片隅で感想を語らう、睦まじくも知的な仲であったそうだ。
貸した本に、被害者が愛用しているしおりのせいで傷が付いたと主張するマスカレイド。
借りた時から有った傷で、誤解だと主張する被害者。
どちらが本当だったのか、今となっては解らない。だが、それだけを理由に殺意を抱く者が、どれだけいるだろうか。
「普通の友達同士なら、そんな酷いことにはならねぇよな。……でも、相手はマスカレイドだ」
増幅された怒りは悪意を経て殺意となる。そしてマスカレイドは空家の机上からペーパーウェイトを掴み、友の頭を何度も殴り続けて命を奪った。
夕暮れも近い空家で起きた事件に、目撃者はいない。
殺された少女の両親は、夜が更けても帰らぬ娘を案じて夜通し探し続けた。けれど彼らが愛娘を発見出来たのは、翌日の晩。目の前にあるものは、冷たくなった骸ばかりだった。
「……誰が娘を殺したか。必ず突き止めて報いてやると、両親は躍起になって犯人を探した」
仇敵は仮住まいの独居を捨て、仮宿から仮宿を転々としていた。その末故郷の村へと帰り、何食わぬ顔をしてのうのうと実家暮らしをしている――。
少女の両親は短からぬ時を費やし、ようやくそこまで犯人の足取りを掴んだ。彼らは遠くない未来、必ずマスカレイドが潜伏している村へと辿り着いて詰め寄るだろう。それは即ち、彼らが邪魔者として敵に殺されてしまうという『エンディング』に繋がる。
「……今ならまだ間に合う。そうなる前に、マスカレイドの故郷に先回りして倒してしまおうぜ」
敵は今も尚、被害者から奪った青銅細工のしおりを胸元に差している。
「そこらの店で簡単に買える棒状のしおりだけど、マスカレイドの力で操れば立派な武器だ」
また白と黒の仮面を装着して本領を発揮すれば、更に危険な攻撃を仕掛けて来る事も考えられる。
だが、皆で協力して確実に勝利して欲しいとジェシカは述べた。
そして一度俯き、すぐに面を上げる。
「……残念ながら、マスカレイドとなった人間を救うことは出来ねぇ」
更に戦闘後は、マスカレイドとなっていた人間の死体がその場に残ってしまうらしい。つまりは下手な手を打つと、エンドブレイカー自身が殺人事件の犯人にされてしまう危険すらある。
「『マスカレイドが力を使って犯行した』だの、そこら辺の話は都市の人間には解って貰えねぇからな……」
故に、戦いを終えた後は殺人犯の濡れ衣を避けるため、出来る限り急いでその場を離れて欲しいとジェシカは乞う。
「一家皆殺しなんて、悲しいエンディングは……破壊しようぜ」
そう言って彼女は、エンドブレイカー達の勝利を信じていると、真直ぐな瞳で告げた。
●マスターよりはじめまして、神坂晶と申します。私が担当致しましたシナリオのオープニングをご一読頂き、有難うございます。戦場:村外れの草原で、遮蔽物はありません。広さもお気になさらなくて大丈夫です。 配下マスカレイド: ・戦闘が開始すると、マスカレイドとなった少女よりやや弱い『配下マスカレイド』が1人、何処からともなく呼び出されます。 ・配下の外見は黒い癖毛と赤いワンピースが特徴で、武器は漆黒のペーパーナイフです。 マスカレイドの攻撃方法: ・右腕:青銅細工のしおりと一体化し、鋭い切れ味を持つ『刃の腕』となります。 ・左腕:ペーパーウェイトを巨大化したような質量を持ち、敵対する者を叩き潰す『鉄槌』となります。 ・自らと同じ年頃の大人しそうな少女を好んで狙うようです。該当する特徴をお持ちの方はお気を付け下さい。 それでは、ご武運を願います。 |
<参加キャラクターリスト>
● 杖の星霊術士・リア(c00220)
● ナイフのスカイランナー・カルザ(c00672)
● 大剣の魔獣戦士・カレン(c01117)
● 盾の城塞騎士・ラシュレイ(c01584)
● 杖の星霊術士・キサ(c01950)
● 大鎌の星霊術士・ヴァールハイト(c02379)
● 扇の魔曲使い・ヴィント(c02391)
● ナイフのスカイランナー・マリセラ(c02588)
● 扇のスカイランナー・サクラ(c03561)
<プレイング>
● 杖の星霊術士・エイプリル(c00169)
立ち位置は後衛の辺り、かな
遠距離主体で戦うのに最適な場所を
前に出るとかミスをやらかさないよう
今回は足を止めて戦う。マスカレイドを此処で倒して
しおりを巡った悲劇を止めてみせる
これ以上犠牲を増やす訳にもいかないもの
その為に今は…自分に出来る事をして行こう
基本的な立ち回りは回復をメインに
攻撃より癒しを優先して
先手を取れれば取り巻きをマジックミサイルで牽制
逆に後手に回ったのなら状況に応じた対応を
もし仲間が傷を受けてしまった時はどの程度の
ダメージと威力なのか、自分なりに把握しながら
星霊スピカを呼び出して早め早めに癒していく
最も傷の深い人から順に、最初から出し惜しみは無し
もう一人の回復役と声を掛け合い連携を心掛けて
これが私の戦い。一瞬だって気を抜く訳にはいかない
余裕があればマジックミサイルを取り巻きに叩き込む
プラスワンが入れば儲け物…!マスカレイドも巻き込んでやるんだから。取り巻きを倒した場合は本体へ
● 杖の星霊術士・リア(c00220)
戦場である草原でマスカレイドと対峙したら、私は素早く後衛に下がります。
大丈夫だとは思いますが万が一自分が狙われた場合を考えて、進んで前に出る事はしません。
前衛で負傷した方が出たら、星霊スピカで回復を。
ただGUTSの限度があるので、使用は出来るだけ三度までに抑え、
回復の手が足りている場合や必要の無い時には、
マジックミサイルでマスカレイドへの牽制も兼ねた攻撃へ回ります。
マジックミサイルのプラスワンが発動した場合は、配下マスカレイドも巻き込めたらと。
どちらも確実に殲滅を。負けるわけには、いかないのです。
戦闘後は、まずは怪我人がいるかを確認。
もしも酷い怪我をされている人がいた場合、GUTSに余裕が残っていたら回復を。
その後は周囲に注意を払いながら速やかに撤退しつつ、二つの祈りを捧げます。
一つは、被害者のご両親の心が、少しでも癒えますよう。
そしてもう一つは、マスカレイドとなってしまった少女達へ、冥福を。
● ナイフのスカイランナー・カルザ(c00672)
さって、お仕事おしごとー
残念な結末とは、さっさとおさらばしちゃいましょ
・方針
配下マスカレイド→マスカレイド本体の順に集中攻撃
着実に各個撃破してこっか
配下攻撃中は、プラスワンを利用して本体を牽制
ラシュレイ君と回復兼任の後衛2人には、本体牽制メインでお願いするね
・戦闘
俺は前衛で攻撃係
序盤はスカイキャリバーで突っ込んで、配下に攻撃
上手くプラスワン発動したら本体にも飛ばせるかな〜
配下撃破後は、本体攻撃に集中
ナイフの切り裂き攻撃に切り替えて、一気に畳み込むよ
年頃のお嬢さん…
特にマスカレイドちゃんと同年代のヴィントちゃんは狙われやすいだろうね
なるべく庇ってあげられるよう意識しとこっか
ガッツがヤバくなったときは、敵との間に割り込んで、下がって回復できるよう敵を抑え込んでおくよ
多分君が悪いワケじゃ、ないんだろうけどねえ…
ちっと可哀想だけど、
ごめんね
終了後は速やかに退散
終わった仕事はさっさと撤収、ってね
● 大剣の魔獣戦士・カレン(c01117)
マスカレイドの故郷へ。
誘き出す必要があるのでしたら、一人の時を狙って話しかけて街外れの草原に誘きだします。
時間に余裕があれば、人通りのない方角を確認して逃走ルートを考えておきます。
まずは配下を倒し、マスカレイドへ。マスカレイドの牽制はお任せ致します。
私は前衛で参ります。
基本は大剣での攻撃。ワイルドスイングを織り交ぜつつ早期決着に尽くしたいです。
相手の攻撃は大剣で受け止め流すように。
後衛の方に攻撃が加えられないよう、後衛への接近だけは食い止めます。
(マスカレイドに逃げられぬよう徐々に回り込みます)
マスカレイドにはビーストクラッシュで全力で攻撃します。
他の方々と連携しながらタイミング合わせて。
特にヴィント様に危害が加えられないよう警戒し、必要であれば盾になります。
戦闘終了後は現場には手を加えず
周りの様子を見て、人通りの少ない方に逃げる事にしますわ。
悲しい連鎖はもうこれで終わりにしなければ。
● 盾の城塞騎士・ラシュレイ(c01584)
些細なきっかけで親友同士にこのような悲劇を生むとは、話に聞く通り恐ろしいものですね、マスカレイドと言う存在は…。
これ以上の被害者を出す訳にも、彼女に罪を重ねさせる訳にもいきませんね。
情報にあった広場に急ぎます。
彼女がいなければ身を隠し仲間が誘き出してくれるのを待ちます。
彼女がいれば「探しましたよ。貴女に用があります。」と声をかけつつ距離を縮め、戦闘可能な距離で仲間と共に戦いを仕掛けます。
前衛として敵と後衛との間に立ちます。後衛への突破や敵同士の連携攻撃を封じるような位置取りを心掛けます。
仲間が配下を倒すまではディフェンスブレイドを使用し防御重視の戦いで持ち堪えようとします。敵が移動しようとするならシールドバッシュで吹き飛ばしを狙います。
他の前衛と連携し交代等で被害を最小限に。
敵が彼女一人になれば力を合わせ早期決着を狙います。
無事終われば迅速な撤収を。
● 杖の星霊術士・キサ(c01950)
【目的】
とても悲しい事件ではありますが…。
とにかく私に出来ることは、殺された少女の親御さんに迫る『エンディング』を打ち破ること。
仲間の皆さんと協力しつつ、迅速にマスカレイドを討ちましょう。
…これが、私にとっての最善の未来ですから。
【戦闘】
私は後衛で、エイプリルさんと共に皆さんの回復に専念させていただきます。
前衛側に傷ついた方がいらっしゃったら、ひたすら星霊スピカを召喚して回復。合間合間に自分たちが回復で消費したガッツも回復させていきます。回復手段が途切れるのは、怖いですしね。
戦闘が長引くと、それだけ私達は不利になってしまいます。戦ってくださる方々が、常に最高の力を出し切れるようサポートしますね。
【撤退】
マスカレイドの少女達を倒した後は、とにかく急いで撤退しましょう。
戦闘が長引いたのなら絶対に、ですね…濡れ衣を着せられて後々のエンドブレイカーとしての活動に支障が出てはいけませんから。
● 大鎌の星霊術士・ヴァールハイト(c02379)
「口論の末に撲殺のう…単にそのしおりが欲しかったから殺したんじゃあないのかの? まあわしには関係ないことじゃが」
【戦闘】戦闘に入ったら配下のマスカレイドを狙って黒旋風。
プラスワン発動時に二体とも巻き込める様な位置取りを意識して立ち回る。
配下が倒れたら本体へ対象を変更。
GUTS最大値が100以下になったら前線からやや下がり、隙を窺って攻撃する消極策に移行。
【回復】自分が被弾したら他の星霊術士に回復を要請。
他の参加者が被弾したら、自分のGUTS最大値が100以下に減っていない限り星霊スピカを使用。GUTSが100以下の場合は自分共々他の参加者へ回復を任せる。
もしやむを得ずGUTS100以下で星霊スピカを使わざるを得ない状況になったら、使用後足手まといにならないよう戦線を離れる。
● 扇の魔曲使い・ヴィント(c02391)
なんとしてでも被害者の両親がマスカレイドに会う前に倒さなくっちゃ。
気を引き締めていくわね。
《前衛》ヴァールハイト、ヴィント、カレン、カルザ、サクラ、マリセラ、ラシュレイ
《後衛》エイプリル、キサ、リア
前衛後衛に上手くバラけれるようあらかじめ確認するわ。
戦闘が開始したら、配下マスカレイドから攻撃するの。
まずは流水演舞。流水を纏うことが出来たら誘惑魔曲に切り替えるわ。
プラスワンが発生したら本体マスカレイドを巻き込んじゃうわ。
配下を攻撃している時に、本体マスカレイドに集中攻撃されないよう注意しなくっちゃ。
あと一撃で倒されそうな時は、後衛まで下がるわ。
半分くらい回復するまで後衛の位置から攻撃するわね。
本体マスカレイドだけになったら誘惑魔曲と流水演舞を交互に使うわ。
この時点でまだ元気だったら、積極的に本体マスカレイドの注意を引こうと思うわ。
戦闘後は、ぼーっとしたいけど急いで離れないとね。
● ナイフのスカイランナー・マリセラ(c02588)
誰も悪くないのよね。
これ以上犠牲を出したくないわ、急ぎましょう。
…マスカレイドの子、早く眠れると良いわね。
・戦闘
戦闘は前衛
配下→本体の順に攻撃を集中させ、各個撃破を狙う
特徴に当てはまるし、孤立しないよう気をつけるわね
余裕あるうちはなるべく派手に動いて注意を引くから、皆お願いね
攻撃はスカイキャリバー使用
配下相手の時プラスワンが本体へ届くなら、本体を巻き込む
なるべく本体と配下の両方が視界に収まるようにして
不意打ちを受けないよう注意するわ
本体の左腕をナイフで受け止める自信がないし、
自分に向かってきたときは回避を優先ね
戦闘後は、痕跡を残していないことを確認し、速やかに街から離れる
倒したからって結末は壊されても、全部が終わるわけじゃないのよね。
…ご両親は大丈夫かしら?
私たちがしたことから、新たなマスカレイドが生まれないことを祈るわ。
誰かを恨むより、娘さんのことを想って生きていって欲しいと思うの。
● 扇のスカイランナー・サクラ(c03561)
乙女の純情踏みにじりましたね!?
お友だちは大切に、って、教わりませんでしたか!
ぼくは前衛にて、攻撃を主体に動きます
まずは配下さんから
使うのはスカイキャリバーです
プラスワンが上手く発動しましたら、
ついでに本体さんも攻撃です
攻撃をくらっちゃうのは怖いですけど、
後ろに回復してくれる仲間もいますから、
思いきって突っ込みますよ
あと少しで倒れちゃう、ってなったら、
一旦後に下がって回復してもらいます
前衛が崩れちゃ、何の意味もありませんから
配下さんを倒したら、いよいよ本体さんです
攻撃方法は特に変わりませんが、
マリセラちゃんたちが本体さんに狙われたら、
逆にチャンスと死角から攻撃します
こんな哀しいこと続けてちゃダメです
もう元に戻れないのなら、
せめてマスカレイドという運命からは救ってあげたいです…!
去り際は、犯人にされちゃ大変ですから、
すたこらさっさと帰るのです
おつかれさまでした
<リプレイ>
●葛藤黄蓮咲く草原の彼方に、小さな村が見え来る。
花葉に彩られた野を行けば、自然の中に一人座し、黙々と読書に耽る乙女の姿が目に入った。
星霊術士の少年少女達が、足を止めて後ろへと下がる。盾の城塞騎士・ラシュレイ(c01584)は歩み出た。黒衣の乙女は胸元に青銅細工のしおりを飾り、自らが何者であるかを示している。
「……貴女に用があります」
青年に呼ばれ顔を上げる乙女の姿は、幾分容姿が優れた村娘にしか見えない。ナイフのスカイランナー・マリセラ(c02588)の胸中に、葛藤が生じる。この者の両親は、愛娘の帰還をさぞ喜んだろう。理由はどうあれ、自分はこれから一つの家族を破壊しなければならないのだ。
無論、被害者の少女と遺族の悲痛を忘れてはならない。
だからこそ、杖の星霊術士・リア(c00220)の心は揺れる。暖かな愛に満ちた自らの両親を思えば、被害者の遺族を救いたいと願うのは当然だ。だが敵の両親が娘の死をどれ程嘆くかと想像すると、やはり気が重い。
考えれば考える程、悲しい事件だ。杖の星霊術士・キサ(c01950)は溜息を堪えた。
彼らの思惑も知らず、マスカレイドは興味なさげな声で用件を問う。
「口論の末に撲殺のう……」
大鎌の星霊術士・ヴァールハイト(c02379)が一言呟いた。乙女の瞳に険しさが宿る。しかし冷ややかな視線にも、老獪な男は人の良さげな笑みのまま。単にそのしおり欲しさに殺したのではないかと、言葉の棘で尚も煽る。
「……まあ、わしには関係ないことじゃが」
一服の後紫煙を吐けば、食えない爺様だと吐き捨てられた。
「乙女の純情を踏みにじりましたね!?」
扇のスカイランナー・サクラ(c03561)はあどけない声で詰めるが、敵は首を横に振る。
「私は友の罪を清めた。そしてこのしおりは私に捧げられた感謝と服従の証。それだけのことさ」
私なりの愛だと言い放ち、乙女は腰を上げた。胸元からしおりを抜き、軽く口付ける。
最早人ならぬ者の言葉に理解は及ばない。だが、マスカレイドは殺人に何の罪悪感も抱かないのだと、確かに知った。一同は各々の武器を構える。
何としてでも、被害者の両親と接触する前にこの者を討たなければ。
扇の魔曲使い・ヴィント(c02391)は本能にも似た危機感を覚えた。
杖の星霊術士・エイプリル(c00169)は、己の腕が初陣の緊張に震えていることを知り、軽く深呼吸する。いつも通り、演奏者として舞台に立つ時の心で臨もう。
書の乙女は、マスカレイドの仮面でおもてを覆った。青銅のしおりが蒼白の光となり、乙女の右腕と溶け合う。草葉の陰がざわりと揺らめき、彼女とよく似た赤衣の少女――仮面の配下が現れた。
息を合わせ疾走する乙女達の姿は、色違いの衣を着た友達同士にも見える。ヴィントは複雑な思いに駆られるが、敵は刃の腕を構えて彼女の身を縦に斬り上げた。続けて配下のペーパーナイフもヴィントに向かい振り上げられるが、大剣の魔獣戦士・カレン(c01117)が踏み出で、我が身に二度の横斬りを受けて守る。
それもまた、友愛か。
マスカレイドはせせら笑い囁いた。
「さって、お仕事おしごとー。残念な結末とは、さっさとおさらばしちゃいましょ」
ナイフのスカイランナー・カルザ(c00672)は首を軽く捻り、腕を回し肩を鳴らす。緩い笑顔を浮かべる彼の心中の思惑は、未だ計り知れない。
●乙女二人
サクラの指先が腰元の帯に挟めた扇を取り、ぱん、と勢い良く開く。戦傷が怖くない訳ではないが、仲間達の癒しを信じている。小柄な少女は勢い良く宙へ躍動した。身体が風を切る感覚に心は躍り、空色の瞳は活き活きと輝く。
小さな爪先を揃え、急降下。赤衣の乙女を蹴り突いた勢いを活かし、軽やかな動きでくるりと中空を回転して突撃する。柔らかな白い衣と薄桜色の髪が、花の如く舞う。続けて飛躍し、扇の先で配下諸共マスカレイドを斬り裂いた。
リアは軽く頭を振るう。
雑念を追い払おう。邪念は命取りだ。戦の中、敵の事情や人間関係を案じる余裕はない。とにかく今は、戦いに専念しなければならない。
「……頑張って、頑張れ、私」
穏やかな、けれど真剣な声音で自らを鼓舞する。やがて波打つ黄金の前髪の下、大きな緑の瞳は強い意志を宿した。葛藤に克己し、黒衣の乙女をしっかりと見据えると、杖先で結界の陣を描いた。逃れることの叶わぬ魔法の矢が迸り、マスカレイドの肩口を射抜く。更に七つの軌跡を描く魔矢が降り注いだ。
敵攻に傷付いた者達は、エイプリルとキサのスピカが癒す。ラシュレイは敵の間を割るように踏み込み、自らの守りを固めた。
「これ以上の被害者を出す訳にも、彼女に罪を重ねさせる訳にもいきませんね」
カレンは配下の腕を薙ぎ払い、隙の生じた胴を膝で急襲する。不意打ちに身を反らす配下に向け、ヴァールハイトが大鎌を振るった。柄を回転させれば己が身の守りが堅固に変わる。静かに走り出でたマリセラは空中から敵を突き、続けざまに跳躍した。ナイフの切っ先を返し、老爺の衝撃波と共に二人の乙女を斬り裂く。
マスカレイドの攻撃はやはり、ヴィントに集中しがちだ。運悪く配下の攻撃も重なれば、俄然彼女の消耗は激しい。だが術士達の厚い癒しと味方の守護もあり、ヴィントは傷付きながらも戦い続けている。
「私だって……頑張っちゃうわよー」
三編みに結った蜂蜜色の髪も項から乱れ、柔らかな声は上擦る。それでも黒瞳の光は失われない。気丈に振る舞いしなやかな指先で扇を繰り、扇が配下を撃つ。扇根を反し、流水を纏った。
青銅の刃でマリセラの肋を横に薙ぎ、マスカレイドは自らの守りを固める。
続く配下は、カルザへとナイフを振りかぶった。短く切り詰めた橙の髪を掠め、刃が頬を切り裂く。
血潮の色に、青年の瞳が見開かれた。
緩慢な口振りと気だるげな仕草は一変し、彼は鋭い挙動で地を蹴り宙を跳ぶ。降下の勢いを爪先に乗せ、反撃の構えで相対する腕を強かに蹴って着地する。更によろめく敵の頭を、己の頭で強打して守りを砕いた。
人が変わった如き機敏さを見せる青年は、爛々とした赤瞳に笑みを湛える。
●守護者達
気紛れな配下の刃がヴァールハイトを襲う。横様に切り裂き、脇腹を穿つ刃。冷たい感触の一瞬後、痛覚と血の熱が広がった。彼は漆黒の瞳を僅か細め、低い声で仲間に治癒を乞う。己が持つ癒しの力は、絶え間なく攻め続けられるヴィントの為に注いだ。
数度の攻防を繰り返すが、マスカレイドの動きは衰えを知らない。しかしエンドブレイカー達の攻め手を数多受け、配下はいよいよと息を切らし始める。
リアは魔法の矢連ねて敵を牽制するが、『刃の腕』は縦横に返す切っ先でヴィントの身を十字に裂いた。更にしなる刀身が、砕けよとばかりに彼女の足を打ち据える。黒瞳に苦痛を浮かべ、少女の身体が揺らめいた配下は腕を振るって血糊を拭い、ヴィントを追撃する。
「……っ!」
ラシュレイは盾を構え突進し、刃を受け止めた。鎖骨が脇が腹が、幾度も鋭い痛みに穿たれる。美貌の青年は整った眉根をひそめた。
だが、殺された少女の苦痛は、こんなものではなかった筈だ。二度と帰らぬ命と、遺族達の嘆きを思えば、耐えられぬ痛みなどない。
負ける訳にはいかないという意志を持つ者は、必ず勝てる。
心で信念を唱えれば自信が湧き出で、恐怖は怒りに――怒りは勇気に変わる。青い双眸が敵を捕えた。掲げた盾を激しくぶつけ、肩口に刺さった刃ごと配下を弾き飛ばす。溢れる鮮血が金の髪を濡らすが、最早痛みに怯まず、自らが皆の盾になって守ると穏やかな声で告げた。
エイプリルは杖先で軽く地を叩く。戦の前には震えていた手指も今は落ち着き、楽器を扱う如き仕草で胸前に杖を掲げた。癖を帯びた短い金髪の下、柔和な眉も蒼珠の瞳も静かに凪ぎ、胸中でたおやかな祈りの言葉を紡ぐ。
――……お願い、スピカ。仲間の傷を癒し上げて。
緩やかな外套を羽織った華奢な少年が、身の丈を越える杖を緩やかに振るう。黒髪を彩る金鎖と勿忘草は風に揺れた。長いローブの袖口から僅かに覗く指先も眠たげな睫毛に覆われた漆黒の瞳も、人形のように儚げだ。骨董品の如き杖の先には、星々を描いた球状の飾り。軌跡を描けば、星霊が駆けた。
エイプリルのスピカは二度の抱擁でラシュレイの深手を癒し、キサのスピカは舌先でヴィントの頬をくすぐった後、痺れ痛む彼女の脚を快癒させた。
地に伏した赤衣の乙女はおもてを上げ、頭上に被る影を仰ぐ。仮面の下の瞳が、凄絶な笑みを浮かべたカルザの姿を映した。急降下するナイフが乙女の胸を突く。血霧の中、きらめく刃は寸分の狂いもなく、冷徹なまでの鮮やかさで配下の首筋を一閃し――その生命を永遠に絶った。
残る敵がマスカレイドのみとなれば、後は畳みかけるのみ。
草の香を含んだ空気を肺に満たし、ヴィントは高らかに魔曲を歌い上げる。カレンは己の腕を魔獣と化し、乱れ舞う爪撃を紅に染めて乙女の傷口を斬り裂いた。
ナイフは逆手に疾風の如く、艶やかな黒髪をなびかせマリセラは草原を駆ける。肉体を隠す装束を纏おうと、しなやかに宙を舞う痩身は、日頃の鍛錬による筋力を体現している。
運良く鉄槌を躱した彼女を睨み、敵は舌打ちした。その背を、サクラの扇が斬り裂いて突く。
もう元に戻れないなら、せめてマスカレイドという運命からは解き放ちたい。
例えその『解放』が、死であっても。
かかとで地を擦り体勢を崩す、黒衣の乙女。頭上から、マリセラの刃が降り注ぐ。空中で回転して突撃し、再び躍動。刃が敵の胸元を深く抉る。誰も悪くないことも、悲しむ者がいることさえ解っている。だが何よりの願いは、これ以上の犠牲者を出さないことだ。紫瞳を決意に見開いた。
――だから……終わらせるの。
この者が、早く眠れるように。
●死と乙女
草原に突いた手で名も知らぬ花を掻きむしり、マスカレイドは立ち上がらんとする。カルザはすっと笑みを潜め、真剣なおもてに一抹の寂しさを浮かべた。
――ごめんね。
心の中で密やかに謝罪し、青年の刃は乙女の身を切り裂いて穿つ。
「……負ける訳には、いかないのです」
「そして、願くば。この悲劇を断ち切れるように」
これが私の戦い、私達の決意。エイプリルとリアは魔矢を連ねた。
「……これが、私にとっての最善の未来ですから」
己の意志なぞるように、キサは静かな声で紡いだ。殺された少女の両親に迫る『エンディング』を打ち破ることこそ、自分達の使命であるのだから。
敗北も、死すら怖れていないのか。乙女は再び草原に立ち構える。
「道連れ、は……」
咳き込めば仮面の縁から血が流れる。素顔は見えないが、それでも。彼女は未だ、笑っているような気がした。
カカカ――と歯を見せ、ヴァールハイトは豪快に笑う。乱雑な仕草で戦に乱れた灰髪を額に上げ、続きを言ってみろと顎で示す。
「道連れは多いに限る。……そうは思わないか? 爺さん」
彼は肯定も否定もせず、唯唇に笑みを浮かべた。大鎌の刃に近い位置を握り、振り下ろす柄で敵を殴打する。手首を返し刃で身頃を斬り上げれば、血の雨が降った。
『鉄槌』は最早重荷なのか、乙女は左肩を上げようとして諦めると、最期の剣を構える。
縦横に閃く刃を厭わず、カレンが前に出でた。緩やかに波打つ漆黒の髪が、戦場には似つかわしくない程清潔な白のドレスに映える。膝を突いた書の乙女。その眼前に、背丈程の大剣を振り下ろした。紅石の瞳は険しさを湛えている。小柄な少女は高潔な騎士の如く、凜とした声音で宣言した。
「私の名にかけて、正義の裁定を下しますわ」
救えない相手であれば尚のこと、容赦をせず断罪しよう。
悲劇の連鎖を断ち切らんと、大きく刃を振るい――カレンは書の乙女の命を貫いた。
戦を終え、カルザはへらりとした笑顔を取り戻す。
「終わった仕事はさっさと撤収、ってね」
そして軽口で帰還を促し、いち早く背を向けた。軽薄にも冷酷にも徹し切れない、己の痛みを胸に秘めて歩み始める。
ラシュレイは頷いて彼の背を追う。キサは己の髪から一葉の勿忘草を取り、血溜りに伏したマスカレイドの遺体に添えた。本当は仲睦まじかったであろう二人の乙女達に、『真実の友情』という花言葉を手向けてきびすを返す。
サクラはマスカレイドの亡骸に小さく手を合わせると、すぐに立ち上がった。供養の一つでも出来れば本望だが、その余暇は与えられていない。お疲れ様でしたと仲間達に頭を下げ、帰路を示すカレンを追う。
ヴィントは一度だけ背後を振り返った。親友を失う悲しみ、そしてその親から罵られる辛さ。それは彼女にとって、既知の痛みだ。親友の形見であるしおりと溶け合った、乙女の姿に瞳を伏せる。
(「二人とも……どうか今度は仲良くね」)
家族を失う哀しみは誰よりも知っているつもりだと、マリセラは心で呟いた。故に愛娘を失った親達がこの先どう生きるのか、思う程に胸は疼く。恨みよりもどうか、愛する者への想いを抱いて生きて欲しい。
被害者の両親の心が、少しでも癒えるように。そしてマスカレイドとなってしまった少女達に、冥福があらんことを。
十の胸に十の思いを。
乾風の草原から、エンドブレイカー達の姿が遠ざかる。